学校について

教員ブログ  2026.02

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高校演劇部は、今年度石狩支部演劇発表大会で最優秀賞をいただき、3年ぶりに全道大会に出場させていただきました。今年度の全道大会は札幌開催で、札幌で全道大会に出場するのは初めてでした。多くのお客様に観劇いただき、本当に感謝しています。 

今回上演した脚本は、今の6年生(高校3年生)が元顧問の先生にお願いして書いていただきました。それを、春季アトリエ公演、地区大会、全道大会と3回上演しました。ありがたいことに3回観てくれた方もいて、上演のたびにグレードアップしていたと言っていただいたのがうれしかったです。また、上演後いただいたアンケートでは、「青春舞台を観ているようだった。」、「何回でも観たい舞台」、「あんな風に芝居をしてみたい」など、うれしい言葉を多数いただきました。舞台を創っているときは無我夢中だったので、落ち着いた今振り返ってみたいと思います。 

最初の公演で記憶に残っているのは、前日に生徒とこの芝居の核、つまり一番表現したいことは何かを話し合ったことです。芝居作りの過程で何度も話してきたように思うのですが、本番前日にそれを言葉にできる生徒がいなかったことに衝撃を受けました。話し合いを通じて、もやもやしていたことがクリアになったとき、芝居の質が変わりました。これが1度目の上演です。 

2度目の上演は地区大会です。キャストを6年生から45年生に入れ替え、6年生が後輩とチームを組んでサポートしながら育てました。メインキャストも舞台監督、照明・音響操作もすべて45年生が担当しましたが、それを支えた6年生の力がなければ全道出場は成し得ませんでした。また、後輩を育てる視点が6年生を育ててくれたとも思います。担い手意識を持ち、常に全体を意識しながら目の前の後輩を引き上げるために試行錯誤することで初めて本当の意味で芝居づくりを知ることができたのではないかと思います。しかし、本番当日までなかなか登場人物の気持ちがつかめず、役者自身も観ている人も心を動かされる芝居には程遠くて、6年生と一緒に頭を抱えていました。本番1時間前のリハーサルでも、どうしてもクライマックスの、演劇部の先輩と後輩が最後に芝居をするシーンの心情が伝わってきません。そこで、一度舞台を止めて話をしました。「(4年生の)君たちはまだ芝居を初めて半年だけど、6年生はこれを3回も経験してきた。その6年生が、自分がメインに出るのではなく、君たちを引き上げように頑張ってくれている。その6年生とできる最後の芝居になるかもしれないんだよ。」その言葉を聞いて、泣き出したのは6年生たちでした。その涙を見て、後輩たちも心情をつかみ、本番ではお互い礼をするシーンでお互い本当に涙を流し、観客にも心情が伝わったようでした。もちろん、一番泣いていたのは袖にいた6年生たちでしたが。 

そしていよいよ全道大会ですが、5年生は修学旅行で2週間近く居らず、戻ってきたら体調不良で欠席。実質1週間しか練習期間がありませんでした。地区大会が終わった後に、「たぶん再現すらできないと思うよ。確実に一度芝居の質が下がる。そこから自分たちで創っていけるかが勝負だね」と予告しておいた通り、練習では本番の時の心情を再現できず、ちぐはぐな芝居を繰り返していました。結局まわりに心情をつかませてもらっただけで、自分でそこに到達できていないということです。「あのときはこうやったはず」という記憶で演じていて、その時の生の感情の動きでないので、見ている人の心は動かせません。6年生は、「地区大会で使った手は2度通じないし、どうしましょう。」と頭を抱えていました。一応、全道に向けての目標はありました。すべてのシーンで登場人物の心情が客に見えるようにすることです。例えば、セリフを言うまでの心の動きを何段階にも分けて創っていきます。知覚(感覚)→感情(内臓の動き)→思考(セリフや体の動き)、それを登場人物の視点で順を追って何段階にも分けて創っていきました。1回目の公演のときも完成図は観えていましたが、一度にいろいろ言っても生徒がパンクするので、まずは大まかに、次に3段階、さらに5段階と、だんだんディテールを創り込んでいきます。スタッフワークも登場人物の心の動きが細かく見えると、スタッフが頭の中で演技しながら登場人物の心情の動きに合わせて照明や音響を変えることができます。生徒には「自分の仕事のことしか考えていない人は、自分の仕事も満足にできない。なぜなら、スタッフは役者すべての心の動きを把握していないとできないからだ。」と教えています。全道大会のときは、そのようなスタッフワークができていたと思います。 

今年は、同じ演目を3回上演することで完成度を上げる経験を積むことができました。なにより顧問としてほっとしたのは、6年生を全道へ連れていくことができたことです。彼女たちの1つ上の世代は全道大会を経験していたため、全道を目指すのが当たり前のように指導を受けてきて、自分たちも行けるものと思っていたようです。しかし、大会では芝居の台本について厳しい指摘を受け、悔しい思いを積み上げてしまいました。全道出場が決まった時、6年生が一番涙していたとともに、「なぜ自分たちが選ばれたんだろう。」と不思議そうな顔をしていました。全道大会本番で惜しくもタイムオーバーで優秀賞を逃してしまいましたが、多くの観客に笑って泣いてもらい、自分たちの創ったものに胸を張れる芝居ができたのではないかと思います。その機会を与えていただいたことに、そしてそれを支えてくれた多くの人に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。 

 

感覚過敏とは、その名の通り、聴覚・視覚・触覚・嗅覚・味覚といった五感のいずれか、またはいくつかに過敏さがある特性を指します。我が家の息子は二人ともこの感覚過敏を抱えていて、日常生活のさまざまな場面で困りごとが生じています。 

例えば、人混みや物が多いスーパーマーケットに長くいられないこと。 

口の中の感覚が過敏で、食べられるメニューが限られてしまうこと。 

首元に衣服が触れるのがつらく、冬でも半袖Tシャツしか着られず上着も難しいこと。 

教室の直射日光と照明がまぶしく感じられること。 

音楽の授業のリコーダーや鍵盤ハーモニカの音が、耳に刺すように聞こえてしまうこと。 

多くの人にとっては「普通」にできることでも、感覚過敏を持つ人にとっては一気に“普通ではない環境”になってしまうのです。 

最近では、聴覚過敏にはノイズキャンセリングイヤホンや耳栓、視覚過敏にはカラーグラス(濃いサングラスではなく色付きレンズ)など、負担を軽減する道具も広がってきました。しかし、学校でそれらを使っていると周囲から何か言われたり、何も言われなくても視線を感じたりすることがあるようです。実際に私も、息子がイヤホンをつけて歩いていると、周囲から向けられる視線を肌で感じることがあります。 

息子たちの様子を見守る中で、「感覚過敏は特別な誰かだけのものではなく、実は誰にでも小さな形で存在するものなのかもしれない」と感じるようになりました。そこで自分の子ども時代を振り返ってみると、音楽室でのリコーダーの一斉練習がつらかったことや、スーパーマーケットの魚売り場の匂いで息ができなくなるほど苦しかったことを思い出しました。私自身も気づかずに感覚過敏の傾向を抱えながら暮らしてきたのだと、息子たちを通して知りました 

こうした経験から視点が広がり、これまで教員として関わってきた生徒の中にも、同じように苦しさを抱えている子がいた(いる)ことに改めて気づきました。 

暖房や冷房の「暑い」「寒い」も含め、同じ環境でも全員が同じように感じるわけではありません。感じ方は人それぞれで、違うのが当たり前です。しかしこれまでの社会(今もそうかもしれません)は、「みんな同じようにできること」を前提として我慢を求める暗黙のルールがあり、「同じ」に合わせることが重視されてきたように思います。 

これからの多様性を大切にする社会では、学校でも、いろいろな事情を抱える人の状況を理解し、それぞれに合った対応を考えていくことが必要になっていきます。教育に携わる者として、そして“普通の社会”に生きづらさを感じる子を育てる母として、日々そのことを感じています。 

その第一歩として、まずは多くの方に「感覚過敏」という特性を知ってもらいたい——そんな思いで今回の文章を書きました。 

社会を一気に変えることは難しいかもしれません。それでも、さまざまな感じ方を持つ人がいることを認め合い、それが“普通”になる社会を目指して、できることを少しずつ続けていきたいと思います。 

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