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好きなことを話していいということだったので、私の第二の故郷沖縄での経験を紹介しようと思う。第2の故郷というだけあって、私の沖縄愛はなかなか年季の入ったものである。だが、観光客が行くような高級ホテルやおしゃれなカフェなどは残念ながら知らない。ただ、どこの岬に行けば満点の星空が見れるとか、どのタコス屋さんのソースがおいしくてボリュームがあるとか、不定休だけど絶品の沖縄そばが食べられる店といった実にマイナーな情報しか知らない。そんな沖縄偏愛が始まったきっかけを語りたい。 

私が沖縄に行った理由は、大学進学時に冬に雪が降らない地域に住みたい!という単純な理由からだった。私が大学を卒業したころにNHK朝ドラ「ちゅらさん」が放映され、沖縄が大ブレイクしたので、その後北海道から沖縄に来る人は増えたようだが、私が大学在籍中は「あの北海道から来たとか「雪のように色の白い(盛り過ぎか?)」学生といえば私のことだと分かるくらい北海道出身者は少なかった。今のようにインターネットなど普及していないなか、何かを知りたければ本を調べるか人に聞くしかなかった時代。正直、地元のことを知るには、本を調べるよりも地元の人と話すほうが早かったし、実際楽しくもあった会話の基本は挨拶!そう信じて、私は人に挨拶することを始めた。毎朝アパート前を掃除する大家さんにも、「おはようございます」と挨拶をしていたそのうち大家さんから今はどこのガソリンスタンドが安いとかどこそこの魚てんぷらがおいしいだとか色んな情報を手に入れた。私は、その情報を大学の友達に伝え、実際に友達と出かけたりして友達の輪もどんどん広がった。ある日、大家さんから「海側の部屋が空いたけど、使うかい?」と声をかけられた。私の部屋はアパートの4階で残念なことに海側の景色が見えない山側(崖みたいな景色が広がっていたの)だったのだが、北海道から来た大学生に海側の(しかも沖縄の海!の)景色のいい部屋を使ってもらおうと申し出てくれたのだ。小さな挨拶から始まった人間関係だが、最終的に大きなつながりになっていくものだと感じた沖縄での学生生活では挨拶をしっかりとすること、感謝の言葉を伝えること、そうすることで広がる人間関係を学んだ。私の愛する沖縄の名所は、そういった人達から伝え聞いた場所が多いかもしれない。インターネットで得られる情報とはまた違う、人を介して知ることのできた場所が私の大切な場所となっている。 

昨今、知らない人と話すことは危険な世の中かもしれない。でも、礼節のない世の中は生きづらい。そんななか、北星女子で過ごす私のお気に入りの習慣は、どの生徒も気さくに挨拶してくれることである。通り過ぎる時「おはようございます」「こんにちは」という挨拶を交わすたびに、毎日気分良く過ごすことができている彼女たちの笑顔と挨拶がこれからの彼女たちの世界をどんどん広げていくことは間違いない 

強歩会のために私たちが集まった朝は、心地よい涼しさに恵まれました。過去にはとても暑い日もありましたから、この天気には本当に助けられました。風も強すぎず、雨の心配もありません。歩くには、これ以上ない一日でした。 

出発した瞬間から、いつもとは違う空気が流れていました。教員も生徒も、制服や学校でのいつもの姿から少し離れ、いつもとは違う表情を見せていました。するとすぐに、普段の教室では見えにくい、一人ひとりの個性が少しずつ見えてきました。鮮やかな色合いの服、お気に入りの帽子、履き慣れたスニーカー。誰もがいつもより少しだけ、自分らしくいられているようでした。 

私たちは東札幌の街並みを抜け、サイクリングロードへと踏み出しました。目指すはエスコンフィールド。長い一列になって進むその道のりは、決して競争ではなく、全員で挑む「自分自身への挑戦」です。私は列の後ろの方を歩いていたので、朝が進むにつれて3つの学年すべての生徒たちの間を行き来することになり、彼女たちがどこを歩いていても、声をかけて話をする機会に恵まれました。 

最初、会話はとても気軽なものでした。「一番好きなお菓子は何?」「歩きながら何を見ているの?」といった具合です。「私はね、花や木を見ているよ。今、季節のどのあたりにいるのかを感じるのが好きなんだ。それから、家々を眺めながら、その中ではどんな暮らしがあるのかなって想像したりするよ」と私は話しました。生徒たちにもそれぞれの答えや理由があり、それを聞くのがとても心地よい時間でした。 

4、5キロほど進むと、みんな自分なりのリズムを掴んできました。外の空気と、机から離れた解放感もあって、にぎやかに盛り上がっているグループもあれば、お菓子を食べたり、お気に入りのプレイリストをシェアしたりしながら、一歩一歩着実に進んでいるグループもありました。しかし、あちこちで、足取りが重くなり始めている生徒たちの姿が目に入ってきました。それは痛みのせいではなく、言葉にするのが少し難しい、何か別の理由のようでした。歩くペースが落ち、自分の内側に閉じこもるような表情。気持ちの面で限界を迎えつつあるように見える生徒を見つけると、私は歩調を緩め、しばらく彼女たちの隣を一緒に歩きました。 

「調子はどう?」 

「もう限界です……」 

「足が痛むの?」 

「いえ、足は大丈夫です」 

「それなら、何が辛いのかな?」 

「20キロは遠すぎます」 

あの朝、私は何人もの生徒とこれによく似た会話を交わしました。途中のやりとりはそれぞれ違っていましたが、始まりと終わりはいつも同じでした。 

「あの先の桜の木、見える? あそこまでなら歩けそう?」 

「はい」 

「よかった。じゃあ、まずはあの桜の木まで歩こう。あそこに着いたら、今度はまた次に見える近くの目印を探すの。そうやって細かく分けていけば、きっとできるよ。20キロという道のりすべてを、一度に頭の中で抱え込む必要なんてないんだから。やってみない?」 

「はい、やってみます」 

誤解のないように言っておきますが、この考え方はその場でパッと思いついたものではありません。数年前、あるポッドキャストで耳にした、大きな目標を目に見える小さなステップに分けるというシンプルな原則でした。 

ただ、この強歩会の中で気づかされたのは、彼女たちがそれを必要としていたのは、身体的に苦しんでいたからではないということでした。ただ、心が圧倒されてしまっていたのです。足は大丈夫でした。重荷になっていたのは、頭の中から離れない「20キロ」という数字そのものだったのです。 

歩きながら、生徒たちと話し続ける中で、私はこの強歩会でいつも感じるのに、つい忘れてしまいがちな、ある感覚を思い出しました。それは、自分がどんどん元気をもらっている、ということです。長い距離を歩いているのに元気が出たのではなく、道中での彼女たちとの会話があったからこそ、私の中に新たなエネルギーが湧いてきたのです。私たちは、一度にすべての道を歩ききる必要はありません。ただ、すでに目に入っている次のポイント、つまりあの桜の木を見つけて、そこまで歩けばいいのです。できれば、友だちと一緒に。 

 

その日の午後、学校へ戻るバスの中で、私は話をした生徒たちのことをずっと考えていました。問題なく歩けていた生徒たちのことではなく、距離の長さに圧倒されてしまっていた生徒たちのことです。彼女たちに必要だったのは、気合の入った励ましではありませんでした。頭の中の「20キロ」という重荷を一度おろし、ただ目の前にあるものだけに目を向けられるよう、そっと手助けしてくれる誰かだったのです。 

そのことは、普段の生徒たちとの関わりにもつながっているように感じます。あふれる情報やノイズの中で、「自分らしさ」を見つけようとしている生徒にとっての「桜の木」とは、一体何なのだろうか、と。 

彼女たちのペースが落ちた瞬間に気づけるほど近くに寄り添いながらも、本人が自分で次の一歩を見つける前に、大人が先回りして問題を解決してしまわないこと。そんな風に、彼女たちの「伴走者」として共に歩むとは、一体どのような姿なのでしょうか。 

私にもこれらの問いに対する答えがすべて分かっているわけではありません。ただ、この強歩会が教えてくれたことが一つあります。それは、こうした重荷は、一人で抱え込まないとき、ずっと軽くなるということです。 

今年、私は北星の生徒たちが育っていく世界(テクノロジー、友人関係、プレッシャー、そしてあふれる情報やノイズ)について、そして彼女たちの人生に関わる大人として、どう寄り添っていけるのかを深く考えています。私にも完全な答えがあるわけではありません。でも、こうした問いは、一人で抱えるより、誰かと一緒に持ち歩く方がいい。皆さまと一緒に、この道を歩いていけたらと思っています。  

もし皆さまも同じように感じていらっしゃるなら、ぜひ一緒に考えていただけませんか。6月10日(水)に、在校生のご家族を対象とした「コーヒーアワー」を開催します。私たちが日々何に気づき、何を悩み、何と向き合っているのかを、ざっくばらんに語り合う場です。決まった議題も、簡単な答えもありません。ただ、この道のりを、ほんの少しでも一緒に歩いてみませんか。 

会場でお会いできるのを楽しみにしています。 

 

 

The Next Cherry Tree 

The morning was pleasantly cool as we gathered for the Long Walk. We’ve had some hot days for this walk in the past, so the weather came as a relief — cool without too much wind, no threat of rain. A perfect day to walk. 

You could tell from the moment we set out. Teachers and students alike were free from the uniforms and carefully polished appearances we tend to cultivate at school. The effect was immediate — personalities emerged that you don’t always see in the classroom: bright colors, favorite hats, worn-in sneakers — everyone a little more themselves. 

We set out along the streets of Higashi Sapporo toward the Cycling Road, walking in a long line toward Escon Field — not as a race, but as a personal challenge, faced together. I walked toward the back of the group, which meant I passed through all three grade levels as the morning went on, and had a chance to talk with students wherever they were. 

The conversations were easy at first. What’s your favorite snack? What do you look at while you’re walking? I look at the flowers and trees, I told them — I notice where we are in the season. I look at the houses and imagine what life might feel like from inside them. The students had their own answers, their own reasons, and I liked hearing them. 

After four or five kilometers, we had all found a rhythm. Some groups were exuberant, buoyed by the open air and the day off from desks. Others were moving steadily, fueled by snacks and shared playlists. But here and there, I noticed feet beginning to drag — not from pain, but from something harder to name. A slowing of the pace. A face turned inward. 

When I found students whose feet seemed to have lost the bounce in their step, I slowed down and walked with them for a while. 

“How are you doing?” 

“Already exhausted.” 

“Do your legs hurt?” 

“No. They’re fine.” 

“What is it, then?” 

“20 km is too far.” 

I had this conversation — or something close to it — with more than one student that morning. The middle was different each time, but the beginning and end were always the same. 

“Do you see that cherry tree up ahead? Can you walk that far?” 

“Yes.” 

“Good. Walk to that cherry tree, and when you get there, find something else in the distance that’s not too far. If you break it down, you can do it. We don’t have to hold the whole 20 km in our minds at once. Can you do that?” 

“Yes, I can.” 

I should say — this idea didn’t come to me on the spot. I’d heard it on a podcast a couple of years ago, a simple principle about breaking big goals into visible steps. What came to me on the walk was that these students didn’t need it because they were physically struggling. They needed it because they were overwhelmed by the idea of the distance. Their legs were fine. It was the 20 kilometers living in their heads that was too heavy to carry. 

I kept walking, kept talking, found my way through all three grade levels and back again. And somewhere in the middle of it all, I felt something that I always feel on this walk but sometimes forget to expect: I was energized. Not despite the long distance, but because of the conversations along the way. The reminder, given back to me by the students themselves, of how to approach something that feels too big to hold. 

We don’t need to walk the whole road at once. We just need to find the next point, one that is already in our sights, and walk as far as that cherry tree. Preferably with a friend. 

 

On the bus back to school that afternoon, I kept thinking about the students I’d talked with — not the ones who were fine, but the ones who were overwhelmed by the thought of the distance. What they needed wasn’t a pep talk. It was someone to help them put down the weight of the whole 20 kilometers and just look at what was right in front of them. 

I find myself thinking about that in my work with students more broadly, and I find myself wondering: what is the cherry tree for a student who is trying to figure out who she is in a world full of noise? What does it look like to walk alongside her — close enough to notice when the pace is slowing, without rushing ahead to fix things before she’s had a chance to find her footing? 

I don’t have those questions worked out. But there is one thing the walk reminded me of: these things are lighter when you don’t carry them alone. 

This year I’ve been thinking a lot about the world today’s students are growing up in — the technology, the friendships, the pressure, the noise — and how we as the adults in their lives can walk alongside them well. I don’t have complete answers, but I’d rather sit with those questions in good company than carry them alone. 

If you feel the same way, I’d love to have you join us. On Wednesday, June 10, we’re hosting a Coffee with the Principal gathering for current families — an open conversation about what we’re all noticing, wondering, and sitting with. No set agenda, no easy answers. Just a chance to walk a little of this road together. 

I hope to see you there. 

 

みなさん付箋、使ってますよね?

私はポストイットという名前で先に知ったので、正直付箋よりもこちらの方がなじみ深いのですが、最近その誕生にまつわるエピソードを偶然耳にしました。キリスト教とも微妙に関わっていたようなので、ここで紹介するのもいいかと思った次第です。

ただ少し心配だったのは有名な話らしいので、ご存じの方が多いかもしれないということでした。ですが、私のように知らない者にとっては興味深い話と思われましたので、ご存じない方は、よろしければお付き合いください。

このポストイットはアメリカのあるメーカーから生まれたものですが、始めからああいう文房具を作ろうとしたわけではなかったそうです。始めにできたのは、付箋とただのメモ用紙を分ける、貼れるけどきれいに剥がせるあの接着剤。元々は強力な接着剤を作る過程の、偶然の副産物でした。当初の目的からは失敗作とも言えますが、開発者のシルバーさんは、この特殊な接着剤には使い道がきっとある、と考え、それ以降、活用のアイデアを周囲に粘り強く聞き続けたのです。

それから6年後の 1974 年。シルバーさんの同僚フライさんは、教会で歌う予定の賛美歌に、しおり代わりの紙を挟んでいました。それがふと落ちてしまい、毎度のことながら剥がれなければいいのに、と思ったそのとき、シルバーさんの接着剤が頭に浮かびました。

ここから2人は開発を始め、紆余曲折を経ながら1980年に正式に販売されました。日本でも翌 81 年から売り出され、今やどれだけ日常に溶け込んだかは言うまでもありません。

シルバーさんは失敗作の使い道を問い続けました。答えが得られる保証はありません。しかし問い続けた結果、6 年という長い歳月を経て、答えを得ました。しかし、その答えは同僚であるフライさんが見つけてくれたものでした。ですが、フライさんが答えを見つけたのは、シルバーさんの話があってこそ。

シルバーさんは問いを分かち合うことで答えを見つけ、フライさんはシルバーさんの問いから物は落ちるという常識を放置せず、落ちるしおりを解決できる課題と見いだしました。

この話は 2 人の持つ様々なものがかみ合い、幸福な結末を迎えました。そこにはもちろん偶然が引き寄せた要素も多分に含まれるのでしょうが、その偶然を偶然として済ませなかった多くのなにかがあるように感じました。みなさんはいかがでしょうか。

私には趣味がありません。自己紹介では毎回何を言うか苦労していて、趣味は「片付け・整理整頓・断捨離」と言っています。今年、学校パンフレットのTeacher’s Voiceのページに載せていただきましたが、みなさんが趣味のもの、ラケット、地球儀や楽器を持って写っていた中、私はほうきを持って撮影していただきました。そんな無趣味の私ですが、年に1回は国内旅行でリフレッシュするようにしています。
ある日、携帯電話に入っているメールや写真の整理をしようと思って見てみると、旅行の写真がほとんどありませんでした。そもそも旅行先で写真を撮ってこなかったのです。自分って、写真を撮って思い出に残すとか考えないタイプなんだな・・・と思っていたころ、偶然にも高校生用の英語の教材で「写真を撮ることで、かえってその場の記憶が薄れてしまう」という内容の読解問題を見つけました。興味が湧き、さらに詳しく調べると、アメリカの心理学者であるリンダ・ヘンケル氏の研究で「写真撮影減殺効果」というものでした。記録することに集中しすぎると、体験自体への注意が散漫になり、撮影しなかった場合よりも詳細を覚えていないという結果が研究で報告されているそうです。 
確かに、写真に残っていなくても、私は行った先々で見たものや食べたもの、印象に残っていることを結構覚えており、一緒に行った人たちと「〇〇楽しかったね」「△△美味しかったね」という話は何年経っても会う度に繰り返しています。京都の二条城に行った際の歩くたびに「キュッ、キュッ」と音が鳴る「うぐいす張り」は今でも音を覚えており、和歌山のアドベンチャーワールドでパンダを見た際、暑い日だったので、パンダが暮らしている建物のひんやりした金属のポールに足をくっつけてずーっと寝ている姿を観察して、笹を食べているパンダが見られると思っていたのにイメージと違う!と今でも光景が目に焼き付いています。
旅先では調べものや記録用に携帯電話は必須かもしれません。でも、あえて写真を撮らず、自分の「目」を「カメラ」にして旅を楽しむのはいかがでしょうか?

今年に入り,アメリカとイスラエルがイランを攻撃したというニュースが流れてきました。今もなお対立が続いていると毎日のように報道されています。昔から社会は苦手教科だったので,報道をみてもなぜ攻撃しないといけない状況だったのか,何が目的で何がゴールかわからずにみていました。遠い国の争いなので,早く終わればいいのにな程度の関心しかありませんでした。 

しかし,この遠い国の争いが自分たちの生活にもどんどん影響が出てきています。まずスタートはガソリン価格の高騰でした。そしてその他の石油関連商品も値上がり始めました。このことが起こるまでは,どれが石油関連なのかも知らずに使っていたものも多くあり,アスファルトや日焼け止め,塗料にも含まれているそうです。宣伝になってしまいますが,昨年度のSTEAM活動で百周年記念館のペーパークラフトを広島の企業YumaYumacraftさんと制作を行ってきていましたが,ようやく4月にデータを完成させることができ,いよいよ印刷作業に入る!というときに,先方からインクの高騰で,費用が挙がってしまいましたと連絡が入りました。こちらの準備が遅かったのが原因ですが,これが価格高騰につながってくるのだなと実感した瞬間でした。何とか印刷スケジュールも決まり,あとは完成を待つだけです。6月には記念館のペーパークラフト発売開始になりますので,ぜひ購入をお願いします。 

3月のことでした。年度末ということもあって、中学校の先生たちのお疲れ様会がありました。1件目も2件目のお店も楽しくお話をして、おいしくご飯食べて、夜もいい時間になっていました。3人の先生と一緒に三件目に行くことになりました。楽しく話をしていると時計の針はいつの間にか午前0時近くになっていました。地下鉄の終電もなくなる時間です。僕は妻に連絡をして、車での迎えをお願いしました。深夜にもかかわらず、迎えに来てくれ、僕の家と同じ方向の2人の先生たちを少し遠回りして送ってくれました。家に帰ったのは深夜1時半。僕は心から感謝した、はずでした。

さて、次の日のこと。今度は妻が職場の食事会に出かける番でした。「今日は2件目行って帰るから、そんなに遅くならないと思う」。昨日、あんなに遅い時間に迎えに来てもらったわけですから、「おし今日は自分の番だ」と思っていたのです。

午後11時頃に妻からラインがきました。「ごめん、3件目に行くことになってしまった」。僕はソファに座ってテレビを観ながら、「大丈夫、起きて待ってるから」と返信しました。

ところがです。午前0時を過ぎた頃、僕は強烈な眠気に襲われたのです。皆さんも、テスト勉強をしなきゃいけないのに吸い込まれるようにまぶたが重くなる、あの感覚です。「ああ寝たらアカンアカン」。そう思いつつ、寝てしまったのです。

「ガチャガチャ……!」

その音で飛び起きました。妻がリビングのドアから入ってきたんです。一瞬何が起きているのかわかりませんでした。 「ちょっと!なんで話に出へんのよ!」

そう言われてスマホを見ると、着信履歴がずらりと並んでいます。一時間ぐらい僕は寝てしまっていたようです。時間は午前1時。

「なんで寝るんよ」

「いや、だって眠かったから」

「眠かったって、わたし昨日何時に迎えに行ったと思ってんの?」

そうですよね。自分はなんて身勝手な人間なのかとその時に思いました。

昨日の夜、あんなに感謝していたはずなのに。今日は自分が絶対に迎えに

いくと心に決めていたのに、彼女の期待を裏切ってしまったのです。

皆さんは、「私は絶対に友達や大切な人を裏切らない」と思っているかもしれません。でも、人間というのは、どんなに「こういう自分でいたい」と願っていても、いざその場に立たされると、自分の弱さに負けてしまうことがあります。

今日はイースターです。イエス・キリストが十字架にはりつけにされて死んだ日から、3日目に復活したことをお祝いする日です。イエスが逮捕されて、復活するまでの一連の物語が聖書に描かれています。

イエスには12人の弟子がいました。そのリーダーだったのペトロです。誰よりも熱い心の持ち主でした。イエスが逮捕される直前、彼は「たとえ一緒に死ぬことになっても、あなたのことを知らないなんて絶対に言いません」と誓いました。彼は本気だったでしょう。しかし、イエスは静かに言いました。「今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、私を知らないと言うだろう」 その後、イエスが逮捕された時、11人の弟子たちは恐くなって、みんな逃げてしまいます。ペトロだけは勇気を振り絞って、こっそりと裁判所の庭までついていきました。庭にいると、周りの人から「お前も仲間だろう」と疑われます。「仲間だと認めれば自分も殺される」という恐怖から、思わず「あんな人は知らない!」と嘘をついてしまったんです。その後も問い詰められるたびに否定し続け、三度目に「知らない」と言った瞬間、「コケコッコー」と鶏の声が響きました。

ペトロはハッとします。自分は命を守るために大切な人を見捨てしまった、裏切ってしまった。彼は自分の情けなさに打ちひしがれ、外へ飛び出して激しく泣きました。僕はこの聖書の箇所を読む度に、自分の姿がペトロに重なります。他人事とは思えません。

イエスが十字架につけられて亡くなった後、ペトロの心は後悔でいっぱいだったはずです。ところが三日目の朝、葬られたはずのイエスが復活し、彼らの前に現れたのです。

その時、僕だったら、「怒られる」とまず思うでしょうね。でも、復活したイエスが弟子たちに最初にかけた言葉は「平和があるように、おはよう」でした。いつもと変わらない言葉。

イエスはペトロたちを責めるどころか、共に食事をし、もう一度彼を信頼して、新しい仕事を任せたのです。ペトロはそこでこう思ったはずです。

「自分はこんなにも弱くて、情けない人間だけど、ゆるされているのだ。」

イースターに起きた「復活」とは、単に死んだ人が生き返ったという魔法のような話ではありません。「わたしは弱くて情けなくて、人を裏切ってしまうような人間で、裏切ったという事実は消えないけれども、神はわたしたちをゆるして、何度でもやり直させてくれる」ということが弟子たちに知らされた日、それがイースターの日です。

わたしたちは生きていると、「あの人が許せない」と思うことがあるかもしれません。でも、その時に思い出したいのです。わたしだって、弱さや情けなさをたくさんもっている。それでもゆるされて、この世界を生かされているのだ。

今、世界ではイランとアメリカ、イスラエル、ロシアとウクライナなどで、「絶対に許せない」という怒りや憎しみが争いを生んでいます。その連鎖を断ち切るヒントは、わたしたちの日常にあるはずです。自分は完璧ではなく、ゆるされているからこそ、誰かをゆるす努力をしてみる。そこから始めていきましょう。

 最近、ずっと心に引っかかっていることがあります。学校の中を歩いているときも、生徒たちの様子を見ているときも、保護者の皆さまとお話ししているときも、ふとそのことを思い出します。何かひとつの出来事があったというよりも、いろいろな場面が少しずつつながって、私の中でひとつの大きな問いになってきた、という方が近いかもしれません。 

 先日、イェール大学のローリー・サントス博士がホストを務めるポッドキャスト『The Happiness Lab』を聴きました。テーマは、スマートフォンが子ども時代をどのように変えたのか、そして私たちはそれにどう向き合えばよいのか、というものでした。ゲストとして登場していたのは、社会心理学者のジョナサン・ハイト氏(著書「不安な世代」 )です。その話を聴きながら、私は「これは遠い誰かの話ではない」と何度も感じました。これは、今ここで、私たちの学校の中でも起きていることかもしれないと思ったのです。 

 番組の中で特に印象に残ったのは、近年の若い世代の不安や孤独感、落ち込みやすさの高まりが、コロナ禍だけで始まったわけではない、という指摘でした。むしろ、その変化は2010年から2015年ごろ、スマートフォンがほとんどの人の手の中に常にあるものになった時期から、すでに始まっていたというのです。子どもたちが顔を見て話し、少し気まずい思いをしながら人との距離を学び、ぶつかりながら関係を育てていく時間が、少しずつ画面の中の時間に置き換わっていった。その変化は、私たちが思っている以上に大きかったのかもしれません。 

 しかも、スマートフォンは単なる便利な道具ではありません。私たちの注意を引きつけ、なるべく長くその画面を見続けるように、とても巧みに設計されています。大人でもつい手が伸びてしまうのですから、まだ自分が何者なのかを探している若い人たちにとって、それが簡単なはずはありません。集中すること、人と話すこと、自分に自信を持つこと、友だちとの関係を育てること。そうした、これまで当たり前のように育っていた力に、新しい難しさが加わっているのだと思います。 

 けれども、この話の中で私が一番大切だと感じたのは、「これは子どもたちだけの問題ではない」という点でした。大人も同じように、その引力の中にいます。夕食の席で、ついスマートフォンを見てしまう保護者。会議の途中で、自分の注意が散ってしまう教師。私たち皆が、この新しい環境の中で、まだ手探りで生きているのです。その意味では、誰かが完全な答えを持っているわけではありません。だからこそ、責めるよりも先に、「これは難しいことなのだ」と認めることが必要なのではないかと感じました。 

 そして、生徒たちに直接伝えたいことがあります。もし今、集中することが難しいと感じている生徒がいるなら、会話に自信が持てないと感じている生徒がいるなら、友だちの中にいても自分がちゃんと居てよいのか分からなくなる生徒がいるなら、その人は決して一人ではありませんし、何かが欠けているわけでもありません。 

私たちが、これまで人類が経験したことのない環境の中を生きているからこそ起きている難しさが、そこにはあるのだと思います。 

 そして、保護者の皆さまにも、どうか「家庭だけで答えを出さなければならない」と思わないでいただきたいのです。学校もまた、同じ問いの中にいます。私たち教員も、スマートフォンやSNSが人の心や関係に与える影響について、学びながら、考えながら進んでいます。だからこそ、学校と家庭が向かい合って立つのではなく、同じ方向を見ながら並んで歩けたらと思うのです。 

 私がこの学校で願っているのは、生徒が「これは難しい」と言えたときに、大人が「そう感じるのはあなただけではないよ」と答えられることです。そしてそのうえで、「では、どうしたらいいだろう」と一緒に考えられる学校でありたいと思っています。すぐに正解を出すことよりも、まず正直に話せること。強く見せることよりも、安心して弱さを見せられること。そうした空気が、これからますます大切になるのではないでしょうか。 

 また、生徒たちには、自分たちをただテクノロジーに振り回される世代として見てほしくありません。むしろ、人間とテクノロジーがどうすれば本当にうまく共に生きていけるのかを、最初に本気で考え、形にしていく世代なのだと思っています。それは簡単な役割ではありませんが、悲しいことばかりでもありません。そこには難しさと同時に、新しい可能性もあるはずです。 

 このテーマについて、これからも学校の中で、そしてご家庭とも、少しずつ対話を重ねていけたらと思っています。すぐに結論が出なくてもかまいません。ただ、責めずに話し合うこと、気づいたことを言葉にすること、互いの立場から考えを持ち寄ることはできるはずです。 

 この文章が、その最初の小さなきっかけになればうれしく思います。皆さんが感じていること、考えていることがあれば、ぜひ聞かせてください。私たちはまだ皆、学んでいる途中です。だからこそ、皆で一緒に考えていきたいと思います。 

 

We’re All Figuring This Out Together 

There is an idea I find myself returning to again and again lately. It comes to me when I watch students moving through the school day, when I speak with parents, and sometimes when I notice the same struggle in myself and my own children. Because this touches students, parents, and teachers alike, I want to bring this idea to you, so we can all think about it together. 

Recently, I listened to an episode of The Happiness Lab, hosted by Dr. Laurie Santos of Yale University. The episode was called How Smartphones Changed Childhood (And What to Do About It) and featured social psychologist Jonathan Haidt, author of The Anxious Generation. As I listened, I kept thinking: this is not a distant social problem. It is one we see every day. Smartphone technology is already shaping the daily lives of the young people in our care, and the adults who care for them. 

What I heard — and why it stayed with me 

One of the most striking points in the conversation was that the sharp rise in anxiety, loneliness, and emotional fragility among young people did not begin with COVID. According to Haidt, the change was already well underway between about 2010 and 2015, when smartphones became something almost everyone carried all the time. 

He describes a shift from a more play-based childhood, in which young people learned social and emotional skills by spending time together face to face, to a phone-based childhood, in which more and more of that time was replaced by screen-based experience. The apps and platforms young people use most are not neutral tools. They are designed, very intentionally, to capture attention and keep it. This is true for adults, and it is especially powerful for young people, who are still learning who they are. 

What also mattered to me in this conversation was its honesty. It did not frame this as a problem caused by young people, nor as something parents simply need to “fix” on their own. It acknowledged something many of us already know in our daily lives: adults can be caught in the same pull. Parents struggle to put their phones down at dinner. Teachers notice their own attention being pulled in too many directions. This is not a failure of character. It is a human response to technology built to compete for our time, our focus, and our attention. 

The conversation also included practical advice from Jill Murphy of Common Sense Media. She reminded us that the path forward is not only a question of rules or screen time limits. It is, first of all, a matter of understanding. When we understand what these devices are replacing in young people’s lives, and why they are so hard to step away from, the conversation begins to change. It becomes less about blame and more about shared problem-solving. 

And perhaps that is the most hopeful part of all. No generation has fully figured this out yet. That means the young people of today are not somehow behind. In a very real sense, they are at the frontier of a new human question: how do we live well with technology, without letting it quietly take over our attention, our relationships, and our sense of self? 

It’s not your fault — and it’s not just you 

If you are a student who sometimes finds it hard to concentrate, hard to feel confident in conversation, or hard to feel that you truly belong, you are not alone. And if you are a parent or teacher who has felt some of those same pressures in a different form, you are not alone either. 

Research is helping us see that these struggles are connected to something larger than individual weakness. When smartphones became the center of so much of our social life, they changed the conditions under which all of us are trying to grow, connect, and pay attention. These devices are designed to hold us. That is not a metaphor. It is how they work. And when the most powerful attention-capturing technology human beings have ever made is placed into the hands of young people who are still discovering who they are, it creates real difficulties: difficulties with focus, with friendship, with confidence, and with belonging. 

This is new. Human beings have never lived like this before. 

And it is not only the young who are struggling. Adults are learning this too. We are all, in one way or another, trying to work out what it means to be human in a world where something in our pocket is always competing for our attention — and sometimes for our connection to one another. 

What surprised me most was that the research clearly suggests that this phenomenon began before the pandemic. When we see students struggling with communication, confidence, or friendship, it is easy to blame COVID. Yes, the pandemic did make many things harder, but it did not create this shift. The roots were already there. 

What I want for our school 

I do not have a simple answer to this, and I do not think anyone else does either. But I have become more and more convinced that the first step is not blame, but honesty. 

I want this to be a school where a student can say, “This is hard for me,” and hear an adult reply, “I understand. Let’s think about it together.” 

I want parents and teachers to stand not on opposite sides of this question, but side by side, trying to understand what our young people need from us now. 

And most of all, I want our students to see themselves not simply as victims of technology, but as the generation that will help discover how human beings and technology can actually live well together. That is not only a burden. It is also a possibility. And perhaps it begins with something very simple: learning to notice what is happening, and being able to talk about it honestly. 

I hope this will be the beginning of many conversations. I would love to hear what you think. 

— Karen Bessin, Principal 

📎 Listen to the episode: The Happiness Lab — How Smartphones Changed Childhood (And What to Do About It)

2026年度の新学期が始まりました。新入生たちも少しずつ学校生活に慣れてきていて、とても楽しそうに見えます。在校生たちも春休みを終えて学校に戻り、新しい学年のスタートをうれしく感じているようです。みんな、学校に来ることを楽しんでいるように見えます。

この時期は、毎年とても忙しく、少し混乱もしがちです。やらなければならないことがたくさんあり、行かなければならない場所もたくさんあります。それでも、やはり新学期はわくわくする時期ですし、新しい生徒たちに出会えるのはいつも本当にうれしいことです。

ただ、そこに私の問題があります。今年は新しい生徒がたくさんいます。つまり、当然ですが、その全員の名前を覚えなければなりません。簡単そうに聞こえるかもしれませんが、最近の私は本当に記憶力がひどいのです。年のせいなのか、ただ疲れているだけなのかは分かりませんが、朝ごはんに何を食べたかさえ思い出せないことがあります。妻に買い物を頼まれると、たいてい半分くらいは買い忘れ、そのかわり頼まれてもいない物を三つくらい買って帰ってしまいます。

ときどき、相手の顔を見ると名前が横に表示されるスマートコンタクトレンズがあったらいいのに、と思います。もちろん、名前を思い出せないときのための方法はいくつか持っています。先生の机の上にある名簿を見ることもできますし、生徒の机の上のノートをさりげなく確認することもできます。友達同士で呼び合っているのを聞くこともできます。先生というのは、いろいろな“裏技”を持っているものなのです。

それでも毎年、最終的にはちゃんと名前を覚えられるようになります。最初は無理だと思っても、座って何度も何度も確認しているうちに、ちゃんと頭に入ってきます。もちろん、まだ少し忘れてしまう名前もありますし、似た響きの名前を混同してしまうこともあります。でも、たいていの生徒の名前は覚えられます。これは記憶力というより、努力なのだと思います。自分で思っているほど、私の記憶力は悪くないのかもしれません。

そして、その努力はするべきことだと思っています。名前というのは、その人にとってとても大切なものだからです。名前は、その人らしさの一部です。相手の名前を覚え、その名前で呼ぶということは、その人の存在を認め、敬意を払うことでもあります。政治家が名前を覚えるためにあれほど努力するのも、そのためなのでしょう。名前を覚えるための方法も、いろいろあるそうです。

名前がどれほど大切かは、私もよく分かっています。だからこそ、きちんと覚える努力をしたいと思います。少し時間はかかるかもしれませんが、きっと大丈夫です。

ただ、ひとつだけ覚えておいてください。先生というのは、たいてい“にぎやかな生徒”の名前から先に覚えるものです。だから、もし私が覚えている名前が自分の名前だけだったら……その理由は分かりますよね。

It is the start of the new 2026 school year. All of our new students are settling in and looking very happy. The older students also look happy to be back after their spring vacation and to start a new school year. Most people do seem to be happy to be at school. This time of year is always very busy and confusing for everyone. There are so many things to sort out and so many places to be. It is always exciting, though. And it is always wonderful to meet new students.

And, therein lies my problem. I have so many new students this year and, of course, I have to learn all of their names. I know that doesn’t sound hard, but these days my memory is terrible. I don’t know if it is because I am getting older, or if it is because I am tired, but I can’t even remember what I had for breakfast. When my wife asks me to go shopping, I invariably forget at least half of the things she asked me to buy and come back with at least three things she never asked for.

I sometimes wish I had smart contact lenses so people’s names would just appear next to their faces when I look at them. I have several methods to find someone’s name if I can’t remember it. I can look at the name chart on the teacher’s desk. I can try to find a notebook on the student’s desk. I can listen to them talking to their friends. There are many tricks up a teacher’s sleeves.

However, every year I always do manage to remember names. I think I can’t and then I sit down and I go through them again and again until I remember them. There are still a few I forget, and I sometimes confuse similar sounding names, but I remember most people’s names. It is effort more than memory. I don’t think my memory is anywhere near as bad as I think it is.

And it is effort that I should make because a person’s name is the most important thing about them. Our names are part of who we are. To learn and to use someone’s name means that you acknowledge and you respect them. That is one reason why politicians work so hard to be able to remember names. They have several techniques to do it.

I know how important a name is and I will make the effort to remember them. It might take me a while, but I’ll get there. And think of this: teachers always remember the noisy student’s names first. So, if yours is the only name I remember, you know why… …

 我が家では木曜日19時、「プレバト」を見ています。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、「プレバト」は、「人気芸能人にはそもそも才能があるのか? あらゆるジャンルで抜き打ちテストを実施、その結果をランキング形式で発表する」番組です(MBS毎日放送の番組紹介から引用)。 

 その中の俳句のコーナー、これが、とてもとても面白く、私や妻を惹きつけています。だいたい5名程度の出演者の俳句を夏井いつき先生が、「才能アリ」「凡人」「才能ナシ」のいずれかに査定するのですが、面白いのは、それぞれの俳句を添削する場面です。著作権の関係で具体的な作品は紹介できませんが、「才能ナシ」と査定されたものでも、夏井先生の添削が入ると劇的に変わり、素晴らしい作品になるのです(まれに、どうにもならない場合もありますが)。 

この番組を見て、「俳句って面白いなぁ」と、ずっと思っていましたが、そのうちに「自分でも作ってみたい」という気持ちになりました。ただ、俳句を作ったとしても、自分で善し悪しがわかるわけでもなく、やはり誰かに評価してほしい、という気持ちが起こり、気軽に参加できる句会を探し、昨年の冬から月2回、句会に参加するようになりました 

「句会」とは、俳句が好きな人たちが集まって自作の俳句を発表し、互いに評価し合う場です。俳句は作者名を伏せて提出し一覧表に書き写されます(「清記」ので、その一覧表を見た段階では、自分の句以外、だれが作ったものかわかりません。一覧表が配られ参加者は各自が気に入った作品を選び投票しますもちろん、自作の句は除きます)。 

私が参加している句会の場合一人が5句提出し、6句を選びます。かつ、その6句の中から1句、特にすばらしいと思った句を「特選」として投票する、という方法をとっています「指導者」という方はいらっしゃらないスタイルですが、長年、句会に参加し俳句を作ってこられた方が司会を務め、アドバイスをいただく(添削される)こともあります。そのアドバイスの中で一番、劇的に変わったと感じたのは、次の句です。 

  天の川目指して自転車漕ぐ帰路や 

これ、中七(「五七五」の真ん中にあるので「なかしち」と言います)の部分が8音になっていて、バランスが良くありませんでした。また「帰路や」という終わり方も、どこか固さを感じさせるものでした(もちろん、提出するまで、自分では気づけなかったのですが)。この句を司会の方が、 

  天の川目指し自転車漕ぐ家路 

というように直したらいいのではないか、とアドバイスしてくださったのです。そのアドバイスをいただいた瞬間、「あぁ、こう言いたかった!」と感動すら覚えてしまいました。 

 たった17音の表現ですが、言葉一つ、場合によっては助詞一つで大きく印象が変わり、作品の善し悪しも変わってくるのが俳句です。また、日常の些細な一コマからも句の発想を得られることも魅力です。まだまだ俳句を作り始めたばかりですが、これからもボチボチ俳句を作っていこうと思う、今日この頃でした。最後に、プチ自慢。今までの句会で投票数が多かった私の句は、以下の三句です。 

  白球を追ふ横の田に蛙跳ね 

  あらばしり『こゝろ』下巻を繰りながら 

  心中物の幕間は栗おこわ 

高校演劇部は、今年度石狩支部演劇発表大会で最優秀賞をいただき、3年ぶりに全道大会に出場させていただきました。今年度の全道大会は札幌開催で、札幌で全道大会に出場するのは初めてでした。多くのお客様に観劇いただき、本当に感謝しています。 

今回上演した脚本は、今の6年生(高校3年生)が元顧問の先生にお願いして書いていただきました。それを、春季アトリエ公演、地区大会、全道大会と3回上演しました。ありがたいことに3回観てくれた方もいて、上演のたびにグレードアップしていたと言っていただいたのがうれしかったです。また、上演後いただいたアンケートでは、「青春舞台を観ているようだった。」、「何回でも観たい舞台」、「あんな風に芝居をしてみたい」など、うれしい言葉を多数いただきました。舞台を創っているときは無我夢中だったので、落ち着いた今振り返ってみたいと思います。 

最初の公演で記憶に残っているのは、前日に生徒とこの芝居の核、つまり一番表現したいことは何かを話し合ったことです。芝居作りの過程で何度も話してきたように思うのですが、本番前日にそれを言葉にできる生徒がいなかったことに衝撃を受けました。話し合いを通じて、もやもやしていたことがクリアになったとき、芝居の質が変わりました。これが1度目の上演です。 

2度目の上演は地区大会です。キャストを6年生から45年生に入れ替え、6年生が後輩とチームを組んでサポートしながら育てました。メインキャストも舞台監督、照明・音響操作もすべて45年生が担当しましたが、それを支えた6年生の力がなければ全道出場は成し得ませんでした。また、後輩を育てる視点が6年生を育ててくれたとも思います。担い手意識を持ち、常に全体を意識しながら目の前の後輩を引き上げるために試行錯誤することで初めて本当の意味で芝居づくりを知ることができたのではないかと思います。しかし、本番当日までなかなか登場人物の気持ちがつかめず、役者自身も観ている人も心を動かされる芝居には程遠くて、6年生と一緒に頭を抱えていました。本番1時間前のリハーサルでも、どうしてもクライマックスの、演劇部の先輩と後輩が最後に芝居をするシーンの心情が伝わってきません。そこで、一度舞台を止めて話をしました。「(4年生の)君たちはまだ芝居を初めて半年だけど、6年生はこれを3回も経験してきた。その6年生が、自分がメインに出るのではなく、君たちを引き上げように頑張ってくれている。その6年生とできる最後の芝居になるかもしれないんだよ。」その言葉を聞いて、泣き出したのは6年生たちでした。その涙を見て、後輩たちも心情をつかみ、本番ではお互い礼をするシーンでお互い本当に涙を流し、観客にも心情が伝わったようでした。もちろん、一番泣いていたのは袖にいた6年生たちでしたが。 

そしていよいよ全道大会ですが、5年生は修学旅行で2週間近く居らず、戻ってきたら体調不良で欠席。実質1週間しか練習期間がありませんでした。地区大会が終わった後に、「たぶん再現すらできないと思うよ。確実に一度芝居の質が下がる。そこから自分たちで創っていけるかが勝負だね」と予告しておいた通り、練習では本番の時の心情を再現できず、ちぐはぐな芝居を繰り返していました。結局まわりに心情をつかませてもらっただけで、自分でそこに到達できていないということです。「あのときはこうやったはず」という記憶で演じていて、その時の生の感情の動きでないので、見ている人の心は動かせません。6年生は、「地区大会で使った手は2度通じないし、どうしましょう。」と頭を抱えていました。一応、全道に向けての目標はありました。すべてのシーンで登場人物の心情が客に見えるようにすることです。例えば、セリフを言うまでの心の動きを何段階にも分けて創っていきます。知覚(感覚)→感情(内臓の動き)→思考(セリフや体の動き)、それを登場人物の視点で順を追って何段階にも分けて創っていきました。1回目の公演のときも完成図は観えていましたが、一度にいろいろ言っても生徒がパンクするので、まずは大まかに、次に3段階、さらに5段階と、だんだんディテールを創り込んでいきます。スタッフワークも登場人物の心の動きが細かく見えると、スタッフが頭の中で演技しながら登場人物の心情の動きに合わせて照明や音響を変えることができます。生徒には「自分の仕事のことしか考えていない人は、自分の仕事も満足にできない。なぜなら、スタッフは役者すべての心の動きを把握していないとできないからだ。」と教えています。全道大会のときは、そのようなスタッフワークができていたと思います。 

今年は、同じ演目を3回上演することで完成度を上げる経験を積むことができました。なにより顧問としてほっとしたのは、6年生を全道へ連れていくことができたことです。彼女たちの1つ上の世代は全道大会を経験していたため、全道を目指すのが当たり前のように指導を受けてきて、自分たちも行けるものと思っていたようです。しかし、大会では芝居の台本について厳しい指摘を受け、悔しい思いを積み上げてしまいました。全道出場が決まった時、6年生が一番涙していたとともに、「なぜ自分たちが選ばれたんだろう。」と不思議そうな顔をしていました。全道大会本番で惜しくもタイムオーバーで優秀賞を逃してしまいましたが、多くの観客に笑って泣いてもらい、自分たちの創ったものに胸を張れる芝居ができたのではないかと思います。その機会を与えていただいたことに、そしてそれを支えてくれた多くの人に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。 

 

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