「北星の歴史を少しだけ覗いて」 社会科・地歴公民科 坂倉 剛
初めてこの学校に来る前に、インターネット上の情報をいくつか見てから入職日を迎えました。どこにあるのかは当然ですが、どのような歴史をたどってきたのかなということを調べることで、過去の先生方の思い、考えを知ることができるかなと思ってのことです。
この学校は最初から現在地にあったのではなく移転してきていること、第二次世界大戦前にもいろんな科が置かれていたこと、戦後は普通科だけで始まり、各科を設置していったこと・・・など、色々あって現在に至っているんだなあと思っていました。
入職してしばらく経ったある日。百年史が置いてあるのを見かけました。各校で記念誌の作成はされているかと思いますが、歴史が長い学校であるほど、分厚いものが作成されるものです。
最初の方にある目次を見てみると、第二次世界大戦期の箇所がありました。このころと言えば、日本史の教科書では、「学徒勤労動員」として機械の前に座って作業する子どもの写真がよく出てくるものです。ただ、どうも必ずしも工場労働に動員されるだけが当時の子どもたちの様子ではないようです。
私は、大学の卒業論文のテーマに看護師養成を取り上げていました。しかし、看護学などの教科書も、歴史だけを取り上げることはなく、一般書籍でもなかなか看護師養成だけを取り上げる本は少なかった(と記憶しています)ので、どのように資料を集めるかと悩んだものです。資料集めのため、他大学の図書館にも出入りしたこともありました。
闇雲に進めることも良くないので、とりあえずは時代を整理しながら、と調べていくうちに、高等女学校(現在の女子の中学〜高校に相当)では、第二次世界大戦中に看護師養成を行っていたことにたどり着きました。沖縄ではひめゆり学徒隊の話もありますが、局地的な話だったのかと思っていました。ただ、どうも日本各地で養成が行われていたようでした。
では、この北星女子ではどうだったのだろうか・・・と思って百年史を見てみると、当時の北星高等女学校も看護師を育て、戦時で不足した医療従事者の養成に勤しんでいたことが書いてありました。医学などの授業をするために市立病院から先生方がいらしていたことに加え、戦争末期にできた道立女子医学専門学校(現・札幌医大)のために校舎の貸与も行われていたようでした。
現在も、道立高校では看護師養成をしていますし、ほかでも日本の各地の高校で看護師養成をしているようです。高校衛生看護科卒業で准看護師、そのうえに+2年の専攻科があれば正看護師まで目指せるので、最短で20歳から看護師として働くことを目指すのであれば高校から看護科に行くことは一つの選択肢にはなるかもしれません。
とはいっても、現在あるこの方法は、自分で看護の道を選んだうえでその勉強をするはずですから良いですけども、戦時中は、お上から指示があってその授業を受けることになったわけです。描いていた女学校生活を送れなかった当時の方々の思いは、そのときの情勢も含めて、とても想像に堪えません。
さて、時代は変わり、高齢化に伴う医療従事者の不足が現代日本では問題になっています。だからと言って、いきなり看護師養成が始まることはない・・・でしょう。いまは、AIとか情報技術の使い方が主として取り上げられているかと思います。この次は何がメインになってくるのでしょうか。
平和な時代の日本でも、時代の要請に応じて、少しずつ教科書が変化し、教える内容は変わってきています。その時々に大事な部分は強調して、今後も授業で取り上げていきたいと思います。
そういえば、来春から始まるNHKの朝ドラは日本の職業看護師の黎明期に活躍した人々を取り上げるようですね。どんな感じになるのかな・・・