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校長・教員ブログ

校長・教員ブログ  2022.09

連合王国の戴冠宝器って何?連合王国の戴冠宝器は142の品々からなるコレクションで、多くは戴冠式などの儀式で使用されるものです。

王冠の宝石は、13の王冠、6本の剣、6本の笏、16のトランペット、13のメイス、3つのローブ、3つのリング、3つのコロネット、2つのオーブ、1つのスプーンと瓶、そしてたくさんの皿の破片から構成されているのです。

イングランドの王は、ローマ人が去った直後から、儀式用の品々を使っていた。王は自分が王であることを人々に示す必要があり、王冠のようなものはそのための素晴らしい手段だったのです。王冠、儀礼用剣、儀礼用盾、儀礼用ヘルメットなどが使われました。サットン・フーで発見された王の墓には、このようなものが多く含まれていた。597年、初代カンタベリー大司教のアウグスティヌスが、王に聖油を塗る習慣を始めた。これ以降、儀式用具は宗教的な意味合いを強めていった。

王を戴く伝統は、959年、エドガー・ザ・ピースフルの時に始まった。それ以前の王は、ローマ皇帝のようなスタイルのヘルメット、サークルト、ディアデム(ディアデム)を身につけていた。王はそれぞれ自分のスタイルを選ぶことになる。エドガー以降、歴代の王は治世の初めにカンタベリー大主教によって戴冠されるようになった。1042年、エドワード懺悔王は現在の制度の始まりとなる王冠を戴くことになる。

エドワード懺悔王は1066年に亡くなり、ハロルド・ゴドウィンソンに引き継がれた。ハロルドは1066年に征服王ウィリアムとの戦いでヘイスティングスで殺された王としてより有名であろう。1161年、エドワード懺悔王は聖人となり、彼が触ったものは自動的に聖遺物となった。たまたま、エドワードが埋葬されたウェストミンスター寺院の修道士が、エドワードの遺品をたくさん持っていたのだ。修道士たちは、エドワードが自分のものを全部持っていて、将来の王はすべてこの修道士が戴冠するようにと頼んだと主張した。これが今日まで続く2つの伝統の始まりである。まず、英国のすべての王と女王は、ウェストミンスター寺院で戴冠式を行う。そして、2つ目は、いつも同じ王冠を使うということだ。先祖の冠を使うことは、王位継承者の権利を示し、王位の歴史と権力を示し、継続の象徴であり、聖人の冠である。聖エドワードの王冠は、イングランドで最初の正式な王冠となった。

歴代の王と女王は何世紀にもわたって王冠を増やし、時にはそれを借金の担保にした。連合王国の戴冠宝器は昔も今も君主の財産であるが、最近の君主はそれを売ったり貸したりすることはできないだろう。

1649130日、イギリス内戦が終結した後、チャールズ1世は処刑された。イギリス議会は王政を廃止し、軍隊に支払うお金が必要だと考え、王政の財産をすべて売り払おうとし始めた。王冠から宝石を取り出し、王冠を溶かして金儲けをした。しかし、残念なことに、たった一つだけ残ったものがあった。それは「油注ぎの匙」である。これは、チャールズ1世の衣装係であったクレメント・キナーズリーが買い取り、王政復古の際にチャールズ2世に返還した。

チャールズ2世は、新しいジュエリーの製作に取り掛かった。そして、可能な限りオリジナルのジュエリーを模したものを作らせた。チャールズ2世の治世になってからは、他の作品も追加され、現在の規模に至っている。最も重要なものは、聖エドワード王冠(オリジナルにちなんで名付けられた)、帝冠、十字架付き君主笏、君主のオーブである。

これらの王冠には、23,578個の宝石と、世界最大級のダイヤモンドが使用されている。ソブリンセプターには530カラットのカリナンI世ダイヤモンドが収められており、クリアカットダイヤモンドとしては世界最大である。インペリアル・ステート・クラウンには317カラットのカリナンII世ダイヤモンドが、エリザベス女王の王冠には105カラットのコヒ・ノールダイヤモンドが収められている。

連合王国の戴冠宝器は君主の所有物だが、売ることはできなかった。ジュエルズには保険がかけられていないので、その価値が鑑定されたことはない。カリナンI世ダイヤモンドだけで52500万ドルの価値があると指摘する人もいる。推定では、すべての連合王国の戴冠宝器の価値は約50億ドルと言われています。長年にわたり、連合王国の戴冠宝器を盗もうとする試みが何度かあったが、成功したものはない。王冠の宝石はロンドン塔の中の非常に安全な場所に保管されており、常に警備されている。それを盗むというのは、かなりすごい犯罪なのです。

では、クラウン・ジュエルとは何なのか?イギリスの王や女王が、自分が権力者であり、正当に王位を継承していることを示すために使う品々です。17世紀にはほとんど溶けてしまって、今あるのはその後に作り直されたものなんだそうです。と、いうのが今日の勉強です。

 

写真:https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=116459012

 

中学校の学校祭が終わったばかり。生徒の皆さん、本当にお疲れ様でした。素晴らしかったです。演劇を観ていると、みんなの頑張りが伝わってきます。自分が学生だったころの学校祭を思い出してしまいました。

 

学校祭は学校によって大きく異なる。

私の出身高校では、各クラスがそれぞれ行灯、模擬店、垂れ幕の3つを行うことになっていた。学校祭1日目、開催式の終わった後の夕方から夜にかけて行灯行列を行い、皆で製作した行灯をクラス皆でかついで町内を一周する。町内の方々にも投票してもらい、1位が決定する。

行灯の題材として作成するものは、高校1年生は初の行灯なのでキャラクターや静物などの簡単なものが多く、2年生では少し変わり種が増える。3年生になるとミニねぶたとも言えるような、閻魔と鬼が乗っかっているものや、虎と武蔵が戦っているもの、龍神や雷神などの、伝統的なデザインの、クオリティの非常に高いものが並ぶ。

 

私が最も衝撃的だった行灯は、高校2年生のときに、自分のクラスが作ったモナリザである。思えばクラスでの話し合いのときから意味不明であった。行灯とモナリザはどう考えても結び付かない。もう忘れてしまったが、他にもいくつもあったはずの題材の候補の中から、その場のノリでモナリザを選び、あろうことかそれに浴衣を着せようという結論になった。製作期間中、私は行灯担当ではなかったので、外で足場を組んで作られているモナリザをたまに見に行く程度だった。行灯は骨組みを組んで下から作っていくことが多いので、まず最初に腕と浴衣ができる。体はなかなかのいいできだったのに、最後の顔をくっつけて完成、ためしに点灯してみた日、周りから悲鳴が上がった。

電気をつけると、悲しげだったモナリザがニタっと笑うのである。

そして、モナリザの顔が向いている左半分側に立っていると、どこにいてもモナリザと目が合う。

花柄で水色の浴衣を着て、ぺらぺらの黒い和紙1枚でできた髪の毛をもつ、目の下に少しクマのある女の人がニタニタ笑ってこっちを見ているさまは、控えめに言って恐怖以外の何物でもなかった。

 

行灯は、和紙にロウを塗って、色塗りの際のはみだしを防ぐ工程があるが、ロウの塗り方が濃いと、電気をつけたときに染みのようになる。どうやらこれが口角部分にちょうど当たってしまったらしい。

なぜどこにいても目が合ったのかはいまだに分からないが、見慣れるまでに2時間かかった。少しかわいげも感じてきたころに、行灯行列に出発する。

平和だったはずの宮の森~山の手の、歩道にならんだ子供が泣き、「こわい」「何あれ…」と大人が眉をひそめながら、自分の頭上を見る中を練り歩く行灯行列は、なかなか趣深かった。たぶんなかなかない経験だったと思う。もちろん賞には入らなかったが、見る人には良くも悪くも大きなインパクトを残したに違いない。

クラスの皆も、やり切ったというような、ひと仕事を終えたというような、どこかすがすがしい気持ちで学校に到着した。思えば、とっても楽しかった。

 

だんだんと涼しさを感じるようになりました。夏の終わりを感じると、少し寂しいような気がしてしまいます…。

 

さて、皆さんはこの夏、お外でソフトクリームを食べる機会がありましたか?

わたしの家では、住人の4人中3人がソフトクリームを好きなこともあって、よく家族が揃うと「ソフトクリームを食べに行こう!」となることが多いです。友人と会う時にも、ソフトクリームやアイスなどを食べよう!となることもしばしば…。お出かけすると、なんだかおうちでは食べられないお店のソフトクリームやアイスが食べたくなってしまうのです。

お外で食べるアイスやソフトクリームには、なんだか特別な魅力を感じてしまいます。

 

思い返すと幼かったころ、一緒に住んでいた祖母とよくお散歩に行っていました。祖母は決まって、「一緒にソフトクリーム食べに行こう」と声をかけてくれるので、幼い頃のわたしにとって、『お外へ行く』=『ソフトクリームが食べられる!』だったのかもしれません。

最近のソフトクリームといえば、1つ400~500円するものが多いのですが、その頃のソフトクリームは、1つ200円程度だったような…。

値段だけではなく、そのシルエットも大きく変わったのではないでしょうか。

細めでたくさん巻かれているものから、太めで巻きは少なめなソフトクリームが主流になってきているように感じます。

 

太さは変わってきましたが、渦状に巻いて提供するスタイルというのは昔も今もですね。

渦状に巻いて提供されるのは、ソフトクリームの性質上巻かないと安定しないからなのだとか。確かに、あの柔らかさを考えると納得です。

 

ソフトクリームの原材料である牛乳は、これから冬に向けて段々と濃くなっていくそうです。

普段食べているソフトクリームの味も、『冬にむけて段々と味が変わっていくのかな、もっと濃厚になったらどんな味に変わるんだろう?』と思うと、夏が終わってしまう寂しさから一転、なんだか冬が待ち遠しくなる気がします。

 

札幌市内だけでもたくさんのソフトクリーム屋さんがあります。皆さんもぜひ、自分のお気に入りのお店を見つけてみてはいかがでしょうか?

(上)円山動物園にて 昔ながらのソフトクリームに近いミルク間強めなものでした

(下)ニセコにて 紅茶風味で味がとっても濃厚でした

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