みなさんは、生活の中で、音として認識するほどでもない小さな響きを感じたことはありますか。 私は、音楽をやってきたからなのかは分かりませんが、静かな時間にふと聞こえる「ジーーー」という機械音や、マイクの裏側で鳴っている「ピーーー」という細い音が耳に入ってくる瞬間があります。
デパートで流れる「ピンポンパンポーン」の音程が気になって暫くそのことを考えてしまったり、印刷物をコピーしていると紙が出てくる音が「気合だ!気合いだ!」と言っているように聞こえたり、新しく教室に入ったエアコンが湿度と格闘しているような響きや、トイレのおとひめの音が妙にひっかかったり、冷蔵庫の低い唸り声とか…。
こうした「音として扱われていない音」に耳が向くことが、昔からよくあります。
音楽の世界には、数えきれないほどの素晴らしい曲がありますが、どんな音楽も、もとはこうした小さな音の積み重ねから生まれています。弦が震える音、息が管を通る音、声が空気を押し出す音──どれも生活の中の音と同じように、ただの振動から始まります。
けれど、その振動が重なり、形を持って、誰かの心に届く「音楽」になることには、いつも不思議さを感じます。 日常の中で聞こえる「ジー」や「ピー」という細い音がふと耳に入ってくるように、私たちの耳は思っている以上に多くの音を拾い、そこからさまざまな情報や感情を受け取っています。
音として扱われない小さな響きが気になったり、意味を持って聞こえてきたりするのは、音を捉える感覚が人々の中で息づいているからなのだと思います。
そして、その感覚があるからこそ、音が連なって生まれる音楽に心が動くのだと感じます。
いま、音楽科・Musicコースの生徒、そして音楽を履修している生徒たちは、10月に行われる定期演奏会のために、授業の中で合唱活動に取り組んでいます。
ソロで演奏する生徒たちは、日々自分自身と向き合い、その日まで一生懸命に歩みを進めています。
一度しか披露できない本番の瞬間に、聴きに来てくださる方へしっかり届く歌声を響かせようと、演奏の技術だけでなく、心をひとつにまとめながら進んでいます。毎年、練習を重ねる生徒たちの姿から、そして本番で何倍にも成長した姿や、若々しい音楽をまっすぐ披露する姿から、私自身も大きなエネルギーをもらっています。
今年は、音楽科とMusicコースが一緒に演奏する最後の年でもあります。
その節目の年に、かつて音楽科の生徒として過ごした先輩方も一緒にステージに立ち、これまで積み重ねてきた学びや経験が、世代を越えてひとつの音楽として重なり合う瞬間を共有する場にもなります。
10月7日(水) Kitara大ホールにて、みなさまのご来場を心よりお待ちしています。
生徒たちが紡ぐ演奏が、どのようにみなさんの耳に届くのか──その瞬間をぜひご一緒に味わっていただけたら嬉しく思います。
