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校長・教員ブログ

校長・教員ブログ  2022.02

今日、こんなことを知りました。体が熱を出すのは、パイロジェンが視床下部の体温の設定値を上げるからです。

発熱は防御機構であり、ほとんどの発熱は、体が細菌、ウイルス、寄生虫に感染したときに起こります。その他、アルコールの禁断症状や熱中症などでも発熱することがあります。

体温を上げるには、代謝コストがかかります。エネルギーが必要なので、そのエネルギーを補給することになるのです。ということは、熱がないよりあった方がメリットがあるに違いない。すべての哺乳類は熱を出すことができるので、有益であることがわかる。熱を出せない魚やトカゲは、感染症にかかったとき、体温を上げるために暖かさを求めます。

では、どうして熱が出るのかを見る前に、その理由を見てみましょう。

インフルエンザなどのウイルス感染症にかかった場合、ウイルスは平熱で最もよく繁殖します。体温が上がると、ウイルスにとって不利な環境になります。体がウイルスを調理しようとするのです。しかし、発熱の有益な理由はこれだけではありません。

感染症と戦うとき、白血球の一種であるT細胞を使う必要があります。このT細胞は、ウイルスを検出するまで血液の中を浮遊しています。T細胞には、ヘルパーT細胞とキラーT細胞の2種類があります。キラーT細胞は、ウイルスを検出すると、その名の通りウイルスを攻撃します。一方、ヘルパーT細胞は一番近いリンパ節に向かい、そこで抗体を持つB細胞と、さらにキラーT細胞の産生を促します。

これが発熱とどう関係があるのだろうか?T細胞は血液の流れからリンパ節に移動しなければならないのですが、私たちの体内の血液はかなり速く動いています。私たちが熱を出すと、熱の上昇によってT細胞が刺激され、2つのタンパク質が作られます。それが、α4インテグリンと熱ショックタンパク質90(Hsp90)です。体温が上昇すると、T細胞はより多くのHsp90を産生する。Hsp90分子が蓄積されると、α-4インテグリンタンパク質を活性状態に切り替えます。そのため、タンパク質は粘着性を持ち、突出した状態になる。マジックテープのフックのようなものです。 これを利用して、T細胞はリンパ節に近い血管をつかみ、そこを通り抜けることができる。

この実験を行うために、Hsp90がα-4インテグリンを活性化できないようにマウスを改造したものがある。そのマウスでは、T細胞がリンパ節に到達することはほとんどなかった。つまり、発熱がなければ、私たちの体は外敵に対する防御を開始することができないのです。

では、私たちの身体はどのようにして熱を出すのだろうか?

それは、視床下部をリセットすることによって行われます。視床下部は脳の底部にあり、空腹感、喉の渇き、愛着行動、疲労、睡眠、概日リズム、体温などを司っている。視床下部は、体温に関して、暑いか寒いかの2つの選択肢を持っています。体が熱すぎると、視床下部は汗をかいて体を冷やし、寒すぎると、視床下部は震えなどの反応を起こして体を温めようとします。

ウイルスや細菌が体内に侵入すると、パイロジェン(発熱物質)を放出します。これらのパイロゲンは血液を介して脳に移動し、脳はプロスタグランジンE2(PGE2)を生成する。このPGE2が視床下部と相互作用し、視床下部は体温の設定値を2~3度上方に調整する。

視床下部が新しいセットポイントを設定すると、その新しいセットポイントまで身体を温めるために、さまざまな生理的変化が起こり始める。

血管が収縮し、皮膚からの熱損失が減少する。副腎からノルエピネフリンが放出され、褐色脂肪組織を燃やして熱を発生させる。体の代謝率が上がり、血液が四肢から暖かい体幹に移動する。筋肉はエネルギーを消費するために収縮を始め、これが震えとなる。

発熱は、ウイルスや細菌が対処されるまで続きます。細菌やウイルスが体内からいなくなるまで、パイロジェンを生成し続け、パイロジェンは脳にPGE2を作り続けさせ、視床下部のセットポイントを高く保つ。パイロゲンがなくなり、PGE2の産生が止まれば、体温のセットポイントは正常に戻ります。

テレビや映画、youtubeなどの映像メディアは、今や「音」を伴うものがほとんどです。映像の方に目が行きやすく、自然と聞こえてくるその音の多くは脇役として私たちの耳に入ります。主役の映像を、脇役の音がうまく引き立てている?という構図は、音楽の教員としては何か納得のいかない気持ちにもなりますが…。

 

音抜きの映画やテレビ、ドラマを想像してみてください。どこか物寂しく、面白さは半減してしまいませんか。主題歌、効果音やBGMなどは場面を強調したり、登場人物の気持ちを代弁したり、様々な効果を担っているのです。音楽が醸し出す情感は、その状況を何よりも語ることができます。ホラー映画では強烈な効果音で人々の恐怖心を煽り(それが嫌で私はホラーを見ません)、感動系のドラマではちょうど泣けるその瞬間に、欲しかった音楽が流れ出して涙が…なんてこともありますよね。

 

また、調の違いもシーンの印象を大きく変える要素です。親子が二人で歩いている映像に、長調(陽気な)音楽を合わせれば、二人は楽しそうに会話している様子に映ります。ですが、同じ映像に短調(悲しい)音楽を合わせると、まるで大人が子供をさらっているかのようにも見えるでしょう。実は見ている映像には、聞こえてくる音楽が大きく影響し、心の中でストーリーが出来上がっているのではないでしょうか。

 

「王様のレストラン」という私の好きなドラマがあります。当時再放送されていて、何度も見た記憶があります。廃れたフレンチレストランを立て直すために、従業員たちが奮闘するというストーリーですが、私は何と言ってもそのドラマでかかる音楽たちがとにかく好きなのです。音楽を手掛けた日本の作曲家・編曲家の服部隆之さんは、NHK大河ドラマ「新選組」や「真田丸」、ドラマ「HERO」「半沢直樹」など、あれも?これもそうだったの?!と思えるほど多くの作品を担当されています。この「王様のレストラン」で流れる楽曲は、上で書いたような効果が存分に散りばめられているような気がします。曲を聴くだけで、フレンチレストランで起きた小さな奇跡が思い起こされ、従業員たちの悩ましい表情が浮かび、料理のおいしい香りが漂ってくる感覚になるのです。右脳が動き、五感が働く、そんなおかしな感覚にさせてくれる音楽に感謝です。

 

様々な用途で使われている「音」はとても大切であり、意味や価値のあるものだと感じます。今見ているテレビや日常生活で流れる音楽に耳をかたむけ、自分の感情を揺さぶる「音」をぜひ見つけてみてください。

 今年は雪が多い…札幌は8年ぶりの大雪だそうですね。我が家の前の道路は除雪が全く入らないので、大雪の次の日はあまり車を出さないようにしています(以前2度ほど家の前で埋まったことがあるので…)。町内では有名な「よく埋まる道」なので、冬の間近所の皆さんは必要最小限しか通りません。それを知らないで通った小さな車や宅配便のトラックが今日も埋まっている…。あ~あ、これで何台目だろう。

 こういうふうに家の前の道路で車が埋まっていたら、みなさんはどうしますか?…脱出できるかどうかしばらく温かい目で見守って、やっぱり無理だな、と思うと「しょうがないなあ」と手伝いに行きますよね。我が家も家族総出でコートをはおって軍手をはいて長靴はいて、「手伝いますよ」と声をかけに行きます。近所の人たちも何人も出てきて「そーれ!」と車を押します。やがて脱出できた車のドライバーさんは「ありがとうございます!ホントに助かりました…」と去っていきます。去って行った後には道路に大きな穴が残りますが、誰ともなく「また埋まったらかわいそうだからね」と近所のみなさんで穴を埋め、道路の雪かきをします。私も車が埋まったとき、こうやってみなさんに助けてもらいました。雪国に住む人には、手伝うことで損をしたとか得をしたというよりも「雪道で困ったときはお互いさまだべさ」というところがあって、とてもあたたかい気持ちになります。

 北海道には江戸しぐさならぬ「蝦夷(えぞ)しぐさ」があると言われます。江戸しぐさとは「雨の日にすれ違う時お互いに傘をかしげる」などで有名ですが、この「相手を思いやる」動作は、北海道の冬によく見られるものです。大雪が降った翌朝、歩道には細いけもの道。前に歩いて行った人の足跡をたどるように歩いていると前から人が来ます。そんな時はみんな自然に道を譲りあいます。お年寄りや小さな子供連れの人が来るとなおさらで、学生さんだと足が濡れるのもかまわず深雪のなかに足を突っ込んで待っていてくれたりします。「ありがとうございます」「いえいえ」という会話も生まれます。車に乗っていても細い道路では雪の壁にじゃまされてすれちがうことができませんので、やはりお互いに道を譲りあいます。雪かきのときにほんの少しお隣の家の前をやっておくとか、埋まった車を助けるとか、そういう助け合いを「蝦夷しぐさ」と言うようです。「そんなの意識しないで自然に昔からやってるもん」…そうなんです。自然にできている、というのがすごいところですよね。

 さて、今日も雪が降っています。仕事から帰って家の前の雪かきをしているとご近所の方が声をかけてくれます。「また降りましたね~」「いやあ、大変ですね~」…雪が降ると大変だけれども周りの人と会話が増えたりします。長い冬は雪国にとってやっかいなことも多いけれど、その冬の中で自然と出てくる「蝦夷しぐさ」があったり、自然と生まれる会話があったりします。「ああ、また雪かあ」と言いながらも、そんな人のあたたかさを再確認できる雪や冬は悪くないのかも、と思う今日このごろです。

藤原定家が撰集した「百人一首」、カルタ取りで遊んだことがある、という人もいるでしょう。定家が、飛鳥時代から鎌倉時代までの「秀歌」と考えた、古今の名歌が収められていますが、その中に次の二首が入っています。

 

 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける 紀貫之

ひさかたの光のどけき春の日に静心なく花の散るらむ  紀友則

 

紀貫之は言うまでもありませんが、『古今和歌集』の選者の一人です。また単なる選者と言うだけでなく、「仮名序」を著した人でもあります。晩年に『土佐日記』も書いていますが、和歌の名人として自他共に認める存在だったのでしょう。一方の友則は、やはり『古今和歌集』の選者の一人でしたが、完成を見ずに亡くなってしまった人物です。貫之の従弟あるいは甥と言われる人物ですが、貫之同様、和歌の名人として名を馳せていたのでしょう。

さて、そのような二人が詠んだ先の二首には「花」が取り上げられています。この「花」、何の花か、わかりますか? 和歌の中に何の断りもなく詠まれているから、梅か桜でしょう! と思った人、すばらしい!!

では、梅か桜かどちらでしょうか? 紀貫之は平安時代初期、貞観年間(859877年)中頃の生まれと考えられています。一時代前の奈良時代は中国文化が盛んに輸入され、もてはやされていました。そのため、「花」と言えば、中国から輸入された「梅」のことを指した時代もあります。しかし、その後、「花」と言えば、「桜」のことを指すようになり、今に至ります。ということは、二人が詠んだ「花」は?

 

実は、答えは「百人一首」だけを見ていては、永遠に出ません。この二首、二人が選者を務めた『古今和歌集』にも収められていますが、そちらを見れば一目瞭然なのです。まず、「人はいさ~」の貫之の歌ですが、詞書が次のように書かれています。

 

 初瀬に詣づるごとに宿りける人の家に久しく宿らで、程経て後に至りければ、かの家の主、「かく定かになむ宿りはある」と言ひいだして侍りければ、そこにたてりける梅の花を折りて詠める

 

ね、これで貫之の歌の花は「梅」であることが確認できます。一方、友則の歌にも詞書があります。

 

 桜の花の散るをよめる

 

 これを見たら、だれも迷わないでしょう。

 

今、様々なことをインターネットで調べることができます。しかし、調べ方を知らないとなかなか事実にたどり着くことができない場合もあります。この二首の花についても、「百人一首」だけの情報で調べ、考えようとすると、とんでもない迷路に入り込むのです(実は、この問題、「とんでもない迷路」に陥った人の話が元ネタです)。

情報を探し出す力は、これから先、ますます重要になるでしょう。一つのことを調べる場合、様々な角度から考えて調べてみる、ということを習慣にしてほしい。

そのように願う、今日この頃の伊藤でした。

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