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校長・教員ブログ

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無人島に本を一冊だけ持っていけるとすれば何を持っていきますか。お気に入りの作家の作品でしょうか。それとも、応援しているアイドルグループの写真集と答える人もいるかもしれませんね。私が同じ質問をされた場合、一冊の辞書と応えるでしょう。それは、島村盛助・土居光知・田中菊雄 共著「岩波英和辞典 新版 (1958)」(現在は絶版、以下、岩波英和)です。
 
辞書は、言葉の大海へと誘う案内人のようなものであり、また、いつでも相談に乗ってくれる先生のようでもあります。岩波英和は、当時の世界最高の英語辞書オックスフォード英語辞典を参考に、歴史的語義配列主義によって編纂されたものです。歴史的語義配列とは、その語が使われた最も古い順番から語義が記述されたものを指します。つまりは、現代の文章を読む際には自分が必要とする意味・用法が載っていない可能性があったりすることもあり得るわけです。岩波英和を引く時は、ある語がいかにしてそのような意味で使われるようになったのかを考えたい時です。
 
最近、岩波英和を参照したのは、2020年2月頃でした。当時、 CNN・BBCなどで盛んに使われた単語として、quarantineという言葉があります。その頃に何が起きていたかと言うと、新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の乗客が下船することなく、日本の横浜港に停泊を続けることを余儀なくされていました。quarantineという言葉は、検疫という意味です。検疫は、出入国する際に空港で行われると思っていた私は、船とquarntineとの関係について知りたくなり、岩波英和を引いてみる事にしました。
 
岩波英和には次のようにあります。p.718より
((原義 forty))  [[法]] 夫の死後寡婦がその家に居住する権利ある四十日の期間;伝染病患者の隔離期間((もと四十日));(伝染病患者乗船の疑いのある船の)停泊期間、検疫期間;検疫所;((一般に))四十日間
 
じっくりと読むと疑問が氷解しますね。本来の意味は「40」(ちなみに、イタリア語quarantenariaから出たものです。quarantaは40を意味します。)で、「(伝染病患者乗船の疑いのある船の)停泊期間」とのこと。伝染病を抑えるための方法の一つが、船を上陸させないという隔離政策なんですね。ここでまた一つ疑問が出てきます。いつ頃から疫病対策として、船舶抑留を実施したのでしょうか。
 
病気についての歴史に詳しい、立川昭二 著『病気の社会史―文明に探る病因 (岩波現代文庫)』(2007)には次のようにあります。p.85より
「黒死病という高価な代償によって、当時の人々が今日にのこる功績として掴んだ唯一の疫病対策は、検疫制度であろう。ヴェネチアでは40日間の船舶隔離の風習はすでに12世紀に記録されているといわれ、ダルマチア沿岸のラグーサでは、1377年に、はじめ30日間のちに40日間の隔離が実施された。」
 
辞書は言葉の世界への案内人です。時にじっくりと辞書を引くと、そこから芋ずる式に学びが広がることがあるでしょう。好奇心を胸にページをめくると、思わぬ出会いがきっと貴方を待っていることでしょう。
参考文献  
立川昭二 著『病気の社会史―文明に探る病因 (岩波現代文庫)』(2007)
島村盛助・土居光知・田中菊雄 共著『岩波英和辞典 新版』(1958)  

 

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