学校について

教員ブログ

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毎日の生活の中では、様々なつながりの大切さを実感することがありますが、最近、そのことを再確認する出来事が重なりました。 

 先週木曜日の放課後に行われた、校長を中心に、集まってくださった保護者の方とお話をする取り組みの「コーヒーアワー」に参加しました。私は今回、高校でのGSの取り組みについて少しだけお話した後、小グループでの対話におじゃましました。グループには1年生から5年生の保護者の方がいらして、短い時間ながら、子どもたちの成長についてや、日々の悩みなどを、学年を超えて話しました。中でも印象的だったのは、1年生の保護者の方の相談に、5年生の保護者の方が「うちの娘もそうだったよ、その時はこんな対処をしたよ」と、経験談を話してくれたことで、1年生の保護者の方がとても安心した表情を見せたことです。その表情を見て、一人で抱え込まず誰かに話してみることで道が開けることもあるのだと実感しました。 

 現在、5年GSでの活動の一環としてユニクロ・GU主催の「届けよう、服のチカラプロジェクト」という活動に参加しています。難民の子どもたちに届ける衣類を集める取り組みです。校内で呼びかけを行いましたが、募集サイズがベビー~160cmということもあり、なかなか集まらず苦戦していました。送付する期限が近づく中で、息子の習い事の保護者の方々に趣旨を説明し、1枚でもいいので、と協力を仰いでみたところ、わずか数日のうちに段ボールで届けてくださるなど、想像以上の支援が集まりました。私はこれまで、困ったことがあっても、一人で解決しようとしがちでした。でも、周りにはたくさんの仲間がいて、その仲間に話してみると、一人で解決するよりも、もっと良い方向に向かうことができると感じました。 

 横のつながりだけでなく、時間軸を超えた「縦のつながり」を感じる機会もありました。先週の金曜日に、本校の中庭にある百周年記念館で行われた「北星を学ぶ集い」のお話を聞きに行きました。この集いは、北星学園の歴史に関わることを学園にゆかりのある方がお話ししてくださるものです。今回は、この学校の3代目の校長を務めた大島正健先生のひ孫にあたる方がお話ししてくださいました。お話を伺った後、明治時代の始め、北海道の開拓間もないころの様子を思い浮かべながら、アメリカから志を持ってやってきて、たくさんの人の助けを得ながら(今回の話の主人公、大島先生もスミス先生を助けた一人でした)も、学校を作っていったスミス先生の強さに、改めて感銘を受けました。 

 本校は来年創立140周年を迎えます。現在、この学校で教育に携わる私は、果たしてスミス先生の思い描いていた女子教育を行うことができているのだろうか…と、考えることがあります。ひいては、スミス先生以外にも、多くの宣教師の先生方、また、北星にこれまで関わってきた先生方の思いを引き継ぐことができているのか、そして、これまで大切にしてきたことを、これからにつないでいくことができるのだろうか……と、自分も北星学園の大きな歴史の一部を担っているのだ、時間の流れの中で自分と歴史がつながっているのだ、と考えると身の引き締まる思いがします。 

 いま目の前にいる人たちと助け合う「横のつながり」と、過去から未来へと受け継がれていく「縦のつながり」。私たちはたくさんの温かいつながりで結ばれて生活しています。この大切さを、日々の教育活動を通じて目の前の生徒たちにもしっかりと伝えていきたいと思います。 

今年の学校祭で、初の試みをしました。クラスのアトラクションで、生徒がミステリーものをやりたいと提案しました。教室に殺人現場を再現し、お客さんに殺人のトリックを見破る探偵の役割を担ってもらうアトラクションです。さらに、殺人のシーンをクラスパフォーマンスで披露し、アトラクションの宣伝をすることになりました。私はミステリーには詳しくないので、本当にそんな催しが実現可能なのか正直不安でいっぱいでした。そこで活躍したのがAIです。AIにアトラクションの概要を示し、トリックのしかけを提案してもらいました。私はAIを使ってみたらと提案しただけで、生徒はどんどんAIを使いこなし、殺人のトリックや人物ごとのアリバイだけでなく、船内見取り図や乗客名簿などもつくらせていました。AIにアイデアを出してもらっても、実際にそれを再現するのはとても難しかったです。お客さんを長時間待たせるわけにいかないので、回転をよくするために1回のアトラクションにあまり時間をかけるわけにいきません。殺人のトリック、登場人物の動機やアリバイなどを綿密につくっていたのですが、時間内にすべての情報を提示することは難しく、妥協をしなければならない点も多くて、数多くの課題が残りました。殺人シーンの再現ビデオを廊下で上映したり、人物の背景や相関図を用意したりして、会場に入る前に予測を立ててもらうなど工夫をしました。また、子供でも答えにたどり着けるように、パズルでヒントを与えるしくみも導入しました。推理を楽しみたい人も、雰囲気を楽しみたいだけの人も楽しめるイベントを工夫しました。会場は豪華客船の宴会場を再現し、殺人時間があった現場を再現しており、証拠品が部屋にちりばめられています。また、容疑者のキャストが最初に登場し、ゲームの説明が行われます。お客さんは時間内に部屋を見て回って証拠品を探し、犯人にたどり着きます。最後に探偵役が種明かしをし、アトラクションは終わります。難易度も2通り用意し、小さい子でも楽しめるように配慮しました。 

当日実際にアトラクションを催してみて、なかなかうまく回せず、お客さんを待たせてしまったり、役者の演技を笑われて傷ついた生徒もいました。それでも心折れずに1日目の終わりにみんなで意見を出し合い、2日目は改善したものをお客さんに楽しんでもらえたのではと思います。結果発表では、クラスパフォーマンスは1位になれたのですが、アトラクションは入賞できず、生徒はがっかりしていました。しかし、総合で4位に入っていることがわかり、アトラクションも評価されていたことを知ってみんな喜んでいました。今回、AIの有用性を実感し、時代の変化を強く感じました。何事も必要があって身についていくものだと思います。新しいものに尻込みせず、先の見えないものに挑戦していく楽しさをあらためて教えられた学校祭でした。

 

10月末、高校生がスタディツアーに出発します。 

旅をすることは、日常から離れ、その土地の文化や言葉を学ぶ良い機会です。そして、人が旅をするように、文化や言葉も国や地域を越えて旅をすることがあります。 

日本でも、海外の文化として知られてきたハロウィーンを楽しむ人が増えました。ハロウィーンといえば、カボチャをくり抜いて作るジャック・オー・ランタンを思い浮かべる人も多いでしょう。 

さて、ここで問題です。 

「カボチャ」は、どこの国の名前に由来するでしょうか。 

ヒント:カボチャ、カボチャ、カボチャ……と、ゆっくり何度か声に出してみると分かるかもしれません。 

正解は、カンボジアです。 

カボチャは16世紀、カンボジアの産物としてポルトガル人によって日本にもたらされたとされています。「カンボジア」が変化して「カボチャ」となり、日本語の語彙として定着しました。 

北海道の名産品である「じゃがいも」の名前にも、地名が関係しています。ジャワ島のジャガタラ(現在のジャカルタ)を経由して日本にもたらされ、「ジャガタライモ」と呼ばれたものが、やがて「じゃがいも」になったと言われています。ちなみに、「ジャガタラ」は、現在のジャカルタをオランダ語訛りで呼んだものだと言われています。 

このように、世界との交流をきっかけとして、文化だけではなく言葉も新しい土地へ入り、そこで使われ続けることがあります。 

もう一つ、北海道に暮らす私たちに身近な例を考えてみましょう。 

「イクラ」は、もともと何語だったでしょうか。 

ヒント:北海道に地理的に近い国の言葉です。 

正解は、ロシア語です。 

「イクラ」は、ロシア語の икра(ikra) に由来します。ロシア語ではサケやマスに限らず、「魚卵」を広く表す言葉です。つまり、私たちが日本語で使っている「イクラ」は、もともとの言葉よりも意味が限定されていることになります。明治時代以降に日本語に定着したと言われていますが、その伝来には諸説あります。 

言葉は、私たちと同じように旅をして、ときにはその土地にすっかり住み着くことがあります。 

たとえば、今ではすっかり日本語になった「サボる」も、フランス語の sabotage(サボタージュ) に由来する言葉です。 

もちろん、英語にも他の言語からやってきた言葉がたくさんあります。 

食用の豚肉を表す pork は、古フランス語の porc に由来し、さらにさかのぼるとラテン語の porcus に行き着きます。1066年のノルマン征服以降、イングランドの支配層ではフランス語が広く使われるようになり、その影響で多くのフランス語系の言葉が英語に入りました。 

一方、動物そのものを表す pig はフランス語由来ではありません。古くから英語で使われてきた言葉ですが、その詳しい起源についてはわかっていない部分もあります。このように、同じ「豚」に関係する言葉でも、その歴史をたどってみると、異なる道を旅して現在の英語にたどり着いていることが分かります。 

ある言葉がどこから来て、どのような経緯でその土地の言葉になったのか。 

その歴史をたどってみると、人々の移動や交流、時には国と国との関係まで見えてきます。言葉の歴史を調べることは、世界の歴史をのぞいてみることにも少し似ています。 

では、言葉の由来を知りたくなったら、どうしますか。 

もちろん、AIに聞いてみることもできます。でも、そんなときこそ、ぜひ辞書を開いてみてください。国語辞典、語源辞典、英和辞典には、こうした疑問への手がかりがたくさん詰まっています。 

読書の秋。 

本を読むだけではなく、ときにはゆっくり辞書のページをめくりながら、言葉がしてきた旅をたどってみませんか。 

 

私は、青森県つがる市出身です。中学校まで地元にいましたが、高校からはバレーボールで日本一になるために宮城県にある古川学園に進学しました。その後、日本体育大学に進学し大学卒業後に現在の北星学園に勤務しています。若い頃は青森県つがる市出身と言うことを言いたくありませんでした。それは、ド田舎だからです。青森県はみなさんも知っている通り、りんごが有名です。その他、ねぶた祭くらいしか思いつきませんよね?そんなド田舎出身だと言うことは、大きな声で言いたくなかったのです。ところが、年齢を重ねるうちに地元の魅力を再発見し今では毎年青森に帰省することが楽しみになりました。 

 青森の魅力その1。「春の弘前公園の桜」。今年は、弘前公園の桜まつりの頃に祖母が他界し帰省しました。弘前公園の桜はみなさんもニュースで見たことはあると思いますが、一度でいいので「弘前公園の桜」を見てください!!言葉にならないほど圧巻です。木の枝には花がこんもりと咲いていて、札幌では絶対に見ることのできない見事な桜です。この桜は弘前市が管理していて、桜管理の専門チーム「チーム桜守」が木の健康を維持しています。そして木の剪定は、りんごの木の剪定方法を活用しています。りんごの木の剪定は、枝を大きく張りりんごの収穫がしやすいように、また太陽の光を均等に浴びるように高さの制限をします。この剪定技術を使って、桜の木も同じように剪定するのです。ですから、桜の花が密集し迫力のある桜になるのです。 

 

青森の魅力その2。「手付かずの大自然」。この夏、20数年ぶりに八甲田ロープウェイに行ってきました。冬の豪雪地帯で有名な酸ヶ湯温泉(すかゆ)への通り道に八甲田ロープウェイがあります。八甲田山とは日本百名山のひとつで、青森県のほぼ中央に位置し複数の成層火山や溶岩円頂丘で構成される火山群です。青森県の山と言えば、津軽平野に大きくそびえたつ岩木山が有名ですが岩木山に次ぐ標高となります。雲一つない青空、眼下に広がる森林、澄み渡る空気、青森市内を眺めながら山頂に到着しました。8月の青森は猛暑ですが、山頂は18℃くらいで違う世界に飛び込んだような感覚でした。まだまだ手付かずの大自然があるのだと感激しました。

青森の魅力その3。「ねぶた祭」。青森県といえば・・・りんご。次にねぶた祭でしょう!ねぶた祭は日本の人気お祭り第一位だそうです。青森県民はねぶた祭に命をかけます。いろいろな地域でねぶた祭がありますので2・3箇所のお祭りを見に行くことは当たり前です。寝不足でも祭りには行く!仕事終わりでも祭りに行く!(当然ながらお酒は必須です!)のがこの時期の県民の過ごし方かもしれません。私の弟は「祭バカ」で我が家では有名です。青森ねぶた、弘前ねぷた、五所川原立佞武多、平川ねぶた、木造ねぶたとそこら辺のねぶた祭は毎年完全制覇します。ねぶた祭には必ずお囃子がつきものですが、このお囃子(おはやし)を聞くと「じゃわめぐ」!!(津軽弁でぞくぞくするという意味)お囃子は、太鼓、笛、手振り鉦(かね)が織りなす囃子のリズムと山車、ねぶた、跳人(はねと)で隊列を組んでお祭りを盛り上げます。ほぼ毎年ねぶた祭のために帰省しているのですが、毎年じゃわめぐ!!!誰でも参加することができるので、若いうちに跳人(はねと)で参加してみてください!!ついでにすぐ近くの神社にお参りにもいってきました。ねぶた祭の期間のみ、鳥居に金魚ねぶたを飾りこの期間だけ華やかにしていました。これも素敵でした。 

 

まだまだ青森の魅力はたくさんあります。一家に一台〇〇とか!!今回は写真付きなので、少しでも行ってみたいなぁと思っていただけたら嬉しいです。旅行をすると五感のアンテナが敏感に働きます。そこに行ってみないと感じ取れない感覚が私は好きです。ふと、北海道に住んでから30年以上経ってしまいましたが、全然北海道の魅力に触れていない!!!これからは、まだ見たことのない北海道の景色を見たいなぁと思うこの頃でした。 

皆さんは、東京ディズニーシーへ行ったことがありますか? 

 私はディズニーリゾートが好きで、東京ディズニーシーへ何度も足を運んでいます。もちろんアトラクションも楽しみますが、私が特に好きなのは、パークの景観や建物、そこに置かれている小道具などを眺めながら歩くことです。ディズニーのパークを歩いていると、「こんなところまで作り込んでいるの?」と驚かされることがよくあります。一見すると気づかないようなところにも、その場所の世界観に合わせた細かな設定があります。私は、そうした「気づかなくても楽しめるけれど、気づくともっと面白い」というディズニーのこだわりが大好きです。 

 そして、理科の教員になってから、特に気になるようになったものがあります。それが、ディズニーシーの中央にそびえる「プロメテウス火山」です。高さ51mの人工火山で、もちろん本物の火山ではありません。ところが、地質学の視点から見てみると、この山には驚くほど細かなこだわりが詰め込まれています。例えば、北側の火山は、火口湖をもつ「タフリング」と呼ばれる火山をモデルにした形になっています。火口内の崖には、マグマと海水が触れ合うことで起こる爆発的な噴火によってできる「火砕サージ堆積物」によく似た地層まで再現されています。さらに、人工の噴気や間欠泉、溶岩トンネル、柱状節理などが表現され、南側には「パホイホイ溶岩」と呼ばれる、表面がなめらかな溶岩流まで再現されています。火口付近の防護ネットには、火山から飛び出した岩石を表す「火山弾」まで引っかかっています。ここまで来ると、単なる「火山っぽい景観」ではありません。本物の火山がどのような現象を経て現在の姿になったのか、その過程まで想像できるような造りになっているのです。 

 パークを訪れる人の多くは、プロメテウス火山を「ディズニーシーらしい景色」として眺めていると思います。私自身も、これまではその一人でした。ところが、地質学の視点から見てみると、その景色の中にはたくさんの知識が詰め込まれていることが分かります。知らなくても世界観を楽しめて、知れば知るほど「なるほど!」と思える。そこまで考えて作られていることに、ディズニーのすごさを感じます。 

 私は理科を教えていますが、こうしたものを見ると、知識は「覚えて終わり」ではないのだと改めて思います。火山について少し知っているだけで、岩肌や地層、溶岩の表現に気づき、「これは何を表しているのだろう?」と、さらに知りたくなります。ディズニーシーには、地質学に限らず、歴史や建築、文化など、さまざまな分野の「こだわり」が隠れているのだと思います。  

次にディズニーシーを訪れるときには、プロメテウス火山を少し違った角度から眺めてみたいと思います。そして皆さんも、もし訪れる機会があれば、ぜひ一度「理科の視点」からプロメテウス火山を眺めてみてください。夢の世界の中に、地球科学の世界が隠れているかもしれません。 

「神は細部に宿る」(Der liebe Gott steckt im Detail、God is in the details) 

この言葉は、ドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエが好んで使い、実践したことで広く知られるようになったと言われています。 

一般に、作品や仕事全体の価値や美しさは、目立たない細かい部分へのこだわりや手を抜かずに丁寧に仕上げることで決まる、という意味です。 

その後、現在まで多くの人たちによって、さまざまな場面で使われています。 

例えば、元サッカー日本代表監督の岡田武史さんは、「勝負の神様は細部に宿る」という強い信念のもとにワールドカップ南アフリカ大会を戦い、奇跡ともいわれたベスト16進出を果たしました。 

勝敗、成功や失敗は、戦術やシステムだけでなく、日々の生活習慣、小さな準備や油断のない姿勢を徹底するといった細部へのこだわりによって決まる、と日本代表選手たちに説いていたそうです。 

 

私は毎年、雨に煙(けむ)る夕暮れ時になると「神は細部に宿る」という言葉とともに学生時代のある鮮明な情景がよみがえってきます。 

大学に入学して新しいことに挑戦しようと思い、ラグビー部に入りました。それまでの競技経験もないままの無謀ともいえる入部でした。 

当時の部員数は160人。チームは1軍から10軍まであり、その日々の練習は高い精度と厳しさを求められました。特に1年生の時は練習のみならず、グラウンド整備やボールなどの用具の準備・片付けなどの係の仕事もあって、苦心する毎日を過ごしました。 

秋になり公式戦のシーズンを迎えて、次第に部内にも独特の空気感が感じられるようになってきたある日のことです。 

その日は朝から雨が降っていたこともあって、私が所属していたジュニアチームは雨に煙(けむ)る夕暮れの中での練習となりました。 

練習も終わり、担当している道具の後片付けをしていると、ふと人の気配を感じました。誰だろうと振り返ってグラウンドを見渡すと、宵闇(よいやみ)の冷たい雨の中を、白い三角巾で右腕を吊(つ)ったまま黙々と走っている一人の部員を見つけました。 

4年生の「K先輩」でした。 

先輩は、度重なる右肩の脱臼に苦しみ、レギュラー争いからは大きく後退してしまい、誰もが厳しい状況だと感じていたと思います。 

それでも先輩は、冷たい雨の中を一人で走り続けていました。 

 

その後、レギュラーチームは快進撃を続けて、大学日本一の栄冠を手にしました。 

 

シーズンが終了し、4年生の引退を前に私は思い切って雨の日のランニングについて「K先輩」に尋ねました。 

すると先輩はこう答えてくれました。 

「シーズンが終わるまでは絶対にあきらめない、ということだよ。最後まで何が起こるかは誰にも分からないからね。いざチャンスがきたとき、準備をしていなければ、そのチャンスをつかむことはできないと思うよ。自分の意志で入部したのだから、最後の最後までレギュラーを目指して挑戦するということが自分自身への答えだと思うし、最後まで挑戦することが、このチームに対する責任でもあるんじゃないかな。」 

 

このときの「K先輩」の言葉は、今でも私の原動力となっています。 

 

「神は細部に宿る」 

私にとっての「細部」とは、誰も見ていない場所で続ける準備と最後まであきらめない姿勢です。 

皆さんにとっての「細部」とは何でしょうか。 

 

みなさんは、生活の中で、音として認識するほどでもない小さな響きを感じたことはありますか。 私は、音楽をやってきたからなのかは分かりませんが、静かな時間にふと聞こえる「ジーーー」という機械音や、マイクの裏側で鳴っている「ピーーー」という細い音が耳に入ってくる瞬間があります。  

デパートで流れる「ピンポンパンポーン」の音程が気になって暫くそのことを考えてしまったり、印刷物をコピーしていると紙が出てくる音が「気合だ!気合いだ!」と言っているように聞こえたり、新しく教室に入ったエアコンが湿度と格闘しているような響きや、トイレのおとひめの音が妙にひっかかったり、冷蔵庫の低い唸り声とか…。
こうした「音として扱われていない音」に耳が向くことが、昔からよくあります。 

音楽の世界には、数えきれないほどの素晴らしい曲がありますが、どんな音楽も、もとはこうした小さな音の積み重ねから生まれています。弦が震える音、息が管を通る音、声が空気を押し出す音──どれも生活の中の音と同じように、ただの振動から始まります。  

けれど、その振動が重なり、形を持って、誰かの心に届く「音楽」になることには、いつも不思議さを感じます。 日常の中で聞こえる「ジー」や「ピー」という細い音がふと耳に入ってくるように、私たちの耳は思っている以上に多くの音を拾い、そこからさまざまな情報や感情を受け取っています。 

音として扱われない小さな響きが気になったり、意味を持って聞こえてきたりするのは、音を捉える感覚が人々の中で息づいているからなのだと思います。
そして、その感覚があるからこそ、音が連なって生まれる音楽に心が動くのだと感じます。 

 いま、音楽科・Musicコースの生徒、そして音楽を履修している生徒たちは、10月に行われる定期演奏会のために、授業の中で合唱活動に取り組んでいます。 
ソロで演奏する生徒たちは、日々自分自身と向き合い、その日まで一生懸命に歩みを進めています。 
一度しか披露できない本番の瞬間に、聴きに来てくださる方へしっかり届く歌声を響かせようと、演奏の技術だけでなく、心をひとつにまとめながら進んでいます。毎年、練習を重ねる生徒たちの姿から、そして本番で何倍にも成長した姿や、若々しい音楽をまっすぐ披露する姿から、私自身も大きなエネルギーをもらっています。 

 今年は、音楽科とMusicコースが一緒に演奏する最後の年でもあります。  
その節目の年に、かつて音楽科の生徒として過ごした先輩方も一緒にステージに立ち、これまで積み重ねてきた学びや経験が、世代を越えてひとつの音楽として重なり合う瞬間を共有する場にもなります。 

 10月7日(水) Kitara大ホールにて、みなさまのご来場を心よりお待ちしています。   
生徒たちが紡ぐ演奏が、どのようにみなさんの耳に届くのか──その瞬間をぜひご一緒に味わっていただけたら嬉しく思います。 

 「『明日から自分の好きなことに時間を使っていい』と言われたら、何をしますか?」 

北星女子の先生とお酒を飲みながら話したのは今年の5月でした。私はひたすらダラダラしたり、ぼーっと過ごすのが好きです。もちろん出かけることも、誰かと会うことも好きですが一人で過ごす時間も結構好きです。「1日中家にいるかなぁ。やりたいことなんてすぐに出てこないな…」と以前の私だったら答えていたと思います。しかし、この時は「和歌山のアドベンチャーワールドに行ってアデリーペンギンを見てみたい!」と答えました。私の発言に2人の先生方は「やりたいことが具体的に出てくるってすごいですね」と言ってくれました。確かになんでこんなに具体的にやりたいことが浮かんできたたんだろう…と考えて、思い出しました。2年くらい前に「Wish List」を作ってみたことを。 

 Wish Listを作ったきっかけは偶然流れてきたインスタグラムの投稿でした。その投稿を見たときに「へー。『やりたいこと』なんて100個も思いつくものなのかな?やってみるか。」と特に実行できるかどうかも考えずに思いつくままに書いてみました。初めの20個くらいはスラスラと浮かんできました。「アデリーペンギンを見てみたい」「米粉のカヌレを作ってみたい」「両親を旅行に連れていきたい」などやりたいことを書き連ねていくなかで、「部屋の中をきれいにしたい」「5キロ痩せたい」「マッサージを自分でする」…のように「やりたいこと」のなかに「やらなければならないこと」が段々と混ざってきました。「Wish List」が「Todoリスト」にいつの間にか代わってまったことを反省しつつ、改めて考え直しました。すると、これから実行することはなかなか難しいけれど「やりたかったこと」があったのを思い出しました。高校生の時の私は国語の教員になるか、英語の教員になるか悩んでいました。当時の担任の先生には「英語の先生になるなら、留学することも考えた方がいいな。」とアドバイスをもらいました。しかし、新しい環境に飛び込んでいくことが怖かった私は当然ながら留学をする勇気なんてなく、小学生の頃から好きだった国語を選びました。 

 大学を卒業して社会人になり、いまの私は新しい環境に飛び込んでいくことに少しずつ抵抗がなくなってきています。「もしも、あの時に『留学』という選択肢を選んで英語の教員の道を選んでいたらどうなっていたのだろう。」と考えることもあります。科目として英語を選ばなかったことを後悔はしていませんが、英語をもっと勉強してみたかったという思いは今もあります。留学は難しくとも、語学としてしっかり学べる時間がいつか取れるかもしれません(今の私にはその余裕がありませんが…)。まずは「やりたかったこと」に変わらないうちに、近々大好きなアデリーペンギンを見に行きたいと思っています。みなさんもWish Listを作ってみてはいかがでしょうか? 

中学1年生の美術では、夏休み明けから粘土で自分の顔を制作する「自塑像」に取り組みます。その準備として、現在は自分の顔を鏡で見ながら鉛筆によるデッサンを行っています。 

まず大切になるのは、「どのような思いを込めて作品をつくるのか」というテーマです。 

例えば、 

  • 力いっぱい挑戦している顔 
  • 爽やかな気持ちの顔 
  • おいしそうなにおいを嗅いでいる顔 
  • 集中して物事に取り組んでいる顔 

など、表情にはそれぞれの思いや個性が表れます。 

しかし、生徒たちはまず「どのように描けばよいのだろう」と悩みます。顔は単純な形ではなく、目や鼻、口の位置や比率、骨格や筋肉の構造、眼球が収まる眼窩(がんか)などの立体的な仕組みを理解しながら表現しなければなりません。 

顔のパーツの輪郭を描くところまでは比較的順調に進みますが、多くの生徒が苦手とするのが「陰影」の表現です。 

4月にはオリヅルランの鉛筆デッサンを行いました。その際、 

「葉や植木鉢、布の模様をすべて同じ筆圧で描くと平面的に見えてしまう」 

ということを学びました。 

立体感を生み出すためには、濃淡の変化や前後関係を表現することが必要です。この学習を、自画像にも生かしてほしいと思っています。 

例えば顔では、鼻筋から頬骨へ続く面の変化や、眼球とまぶた、おでこの位置関係を表現するために陰影が欠かせません。ただ暗く塗るだけではなく、「どこが手前で、どこが奥にあるのか」という前後関係を考えながら描く必要があります。 

オリヅルランの葉を例にすると、一番手前に見える葉は強い筆圧で描きます。また、一枚の葉の中にも微妙な起伏や前後の位置関係があり、その変化に応じて濃淡をつけます。植木鉢も中央部分は手前に出て見え、左右は奥へ回り込むので、描き方を変えなければなりません。 

顔も同様です。まぶたの中央部分は比較的強く表現され、下まぶたには陰が生まれます。さらに鼻は顔の中で最も前に出ている部分の一つなので、鼻の下には強い陰影や影ができます。上唇の中央部分も左右に比べると立体感があり、それに応じた陰影が必要になります。 

このように、形や構造を理解しながら陰影を描き、その上で自分の思いや表情を作品に込めていくことが大切です。 

また、立体作品にする段階では、正面だけではなく、側面や上から見た形も観察しなければなりません。写真や鏡を活用したり、友達同士で頭部を観察したりしながら、少しずつ粘土で形をつくっていきます。 

制作期間は8月から1月までを予定しています。時間をかけて試行錯誤しながら作品を完成させ、3月には渡り廊下への展示を予定しています。 

生徒一人一人が、自分自身と向き合いながらどのような表情をつくり上げるのか、そして作品にどのような思いを込めるのか、今からとても楽しみです。 

 

突然ですが、皆さんは「キャラ弁」を作ったことがありますか? 我が家には小学4年生の娘がいます。保育園時代からこれまで給食にお世話になりっぱなしで、お弁当を作る機会といえば小学校に入ってからの遠足など年に数回。私が作る定番弁当は「茶色は正義!」と言わんばかりの渋い「のり弁」。親子揃って「お弁当はのり弁が一番美味しいよね」と疑わずに生きてきました。 

そんな我が家に、今年の春、激震が走りました。 春の遠足のわずか2日前、娘が突然こう切り出したのです。 

「お友達と見せ合いっこする約束しちゃった。……スンスンのキャラ弁作って!」 

スンスン!?(最近人気のあのキャラクターです)。これまで海苔を切る作業といえば、のり弁の土台として大胆にちぎるくらいしか経験がありません。しかし、娘がお友達と約束してしまった以上、母のプライドにかけて引くわけにはいきません。すぐに100円ショップへ走り、ピンセットや型抜き、ご飯に色をつける専用ふりかけなどの「キャラ弁便利グッズ」を買い込み、YouTubeで「スンスン キャラ弁 作り方」を検索して研究しました。 

「久しぶりのお弁当だから、全部手作りがいい!」という娘の強い思いに応えるため、母の起床はなんと午前3時。暗闇の中、せっせとおかずを仕上げ、いよいよ本番のキャラ弁作りに突入しました。 

ピンセットを震わせながら海苔やチーズで作ったパーツを配置し、なんとか完成! ……うん、ちょっと動画でお手本として見たスンスンとは顔のパーツのバランスが違う気がしますが、そこは「母の愛」という名のご愛敬。娘は「すごーい!」と大喜びで学校へ向かいました。 帰宅後、「友達からも可愛いって褒められたよ!」と満面の笑みで報告してくれた時は、3時起きの睡魔も吹き飛ぶほどの達成感でした。 

味を占めた娘と、謎の使命感に目覚めた母。 先日の社会見学当日には、早くも第2回キャラ弁大会が開催されました。今回のお題は「たまごっち」。青いスンスンの次は黄色いご飯に挑戦です。 まだたったの2回ですが、今回も早朝からピンセットを握り、気分はすっかりキャラ弁職人です。細かいパーツをピンセットでつまみながら、「すべては娘の笑顔のため……」と奮闘した結果、今回も大成功を収めました。 

最近の私は、娘が夢中になっているキャラクターを「これ、海苔や食材の色で再現できるかな?」と、キャラ弁職人としての視点でチェックするようになってしまいました。そして、キャラ弁なんて無縁だと思っていましたが、大人になってからこうして未経験のことに頭を悩ませ、試行錯誤する「新たな挑戦」は、やってみると意外と楽しく、どこかワクワクしている自分に気づきました。 

子どもが「キャラ弁作って!」なんて頼んでくれる時期は、きっとあっという間に過ぎ去ってしまいます。できることが増えて、どんどん親の手を離れていってしまう子ども。そう考えると、こうして新しい挑戦にワクワクさせてもらいながら、ピンセットと格闘させてもらえる今こそが、実は一番幸せで「いいとき」なのかもしれません。 

 ……と言いつつ、次の遠足はもう少しパーツの少ない、簡単なキャラクターをお題にしてくれないかな、と密かに願う母でした。 

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