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校長・教員ブログ

校長・教員ブログ  2021.12

冬休みが始まりました。長期休みは生徒にとって楽しみな時間であることは言うまでもないと思いますが、教員である私にとっても、ゆっくりと趣味に没頭できる時間をとることのできる貴重な期間です。ビーズアクセサリーづくり、けしごむはんこづくり、編み物、書道、漢字検定1級取得に向けた勉強、読書、カリグラフィー、硬筆ペン字……なんといっても、何かと時間のかかる趣味の多い人生です。一日が40時間くらいあれば……と何度思ったかわからない日々を過ごす私には、冬休みは最高の時間を過ごすことのできる機会です。

本当は全ての趣味において私を魅了する所以を語りたいところですが、紙幅に限りがあるので、今回は人生の大半に渡り、関わってきた書道に絞ってお話します。

 

書道との出会いは小学1年生の夏、お隣のお姉ちゃんが通っていた習字教室に通い始めたことでした。その後、高校生まで習字は続けていましたが、部活に入り、本格的に力を入れ出したのは大学2年になってからでした(中高時代は帰宅部でした)

大学で書道部に入ったことで、私の暮らしは大きく変わりました。書道の授業の時間の他にも、先生に声をかけていただいた展覧会に出すために徹夜で書き続けたり、ほかの授業の合間に部活の友だちと作品書きをしたりと、趣味の範疇を超え、書道が生活の中心になっていきました。

そのような日々を過ごす中で、だんだん、習字で作品を作るのと、書道で書作品を書き上げるのには、違いがあるように感じ始めました。ただ、きれいに書ければよいわけではなく、一枚の紙の中に、自分の表現したい世界を作る。納得のいく作品ができるまで何十回も、下手すると何百回も書き続ける。書道は追求の美だと感じ、魅了されてゆきました。

また、何より書道のすごいところは、何千年も前に書かれた作品が、21世紀を生きる私たちを感動させる力を持っていることだと思います。一番、書ってすごい!と感動したのは、大学4年の時です。就職試験で東京に行った際に上野の国立博物館で、小島切という仮名の作品展示を見る機会がありました。約千年以上前に書かれた線が、ほの暗い展示室で鮮やかに、ありありと私に迫ってくるかのように輝いて見えました。千年前に書かれた文字が、長い時を経ても、人を感動させる力を持っているということに激しく心を揺さぶられた記憶があります。

古い作品だけでなく、現代の書にも同じ力があります。どこがすごいという説明抜きに、作品を目の前にした時に圧倒されて、言葉を失ってしまう。いつまでも作品が頭に強い印象を残し、思い出すと「すごいなあ」とじわじわと感動が押し寄せる。そんな作品にも何度も出会うことができました。

 

大学を卒業し、社会人になる時に先生に「まずは10年続けること。仕事や自分の生活が忙しい中でも10年やめずに頑張れれば、その後は一生続けられるから」と言われました。その言葉を支えに、必死に仕事の合間や休みの日を書道に入れ込んだ10年を過ごしました。残念ながら、10年経った頃にちょうど子どもを産んでからは、すっかり以前の書に対する勢いは衰え気味で、最近は月に一度、競書に出す作品書きをしたり、部活の際に部員たちと書いたりする程度しか時間を取れなくなってしまいました。現在は趣味と呼ぶのにふさわしい状態です。

今の私の目標は、「細く長く続けること」。今はなかなか時間を取れなくても、細く長く続けていれば、いつかまた、ゆっくりと書道に向き合う時間を作れる日が来るかもしれない。そして、いつか、自分の書いたものが、誰かの心に残るような作品を書けるようになりたい。そんな気持ちで今は大切な趣味の一つとして書道と付き合っていきたいと思っています。

2021.5.21木村先生のブログ 

「40歳を過ぎ私の体にも陸上では一切必要とされていない浮き輪がおなか周りについてきた。」全く以って同感である、、、、、、

20202月後半から休校、そして4月やっと新年度がスタートできたと思いきや、またもや休校。

教室で声を張り上げる授業もできず、部活もなく、在宅勤務も増え、食べすぎないようにと気をつけてはいたつもりだが、やはり不必要な浮き輪が膨れてきた。

お家時間が増え、気持ちはへこむが、浮き輪はへこまない。

これではだめだと「走る」ことを決意。元々野球人の私にとっては走ることは野球をするためのトレーニングの1つで「仕方なく」やっていたものである。だから決意といっても決して無理はせず、きつかったらすぐ歩く、休むことを自分の中のルールとした。

 1日目、やはり走り始めてすぐに息が苦しくなる。赤信号が待ち遠しい。あのスーパーまでは走ろう!!と決め、そこにつくと走るのをやめ散歩で帰宅。ちなみにどのくらい走ることができたのかと無料アプリ「キョリ測」で調べてみると「1km」。「これだけ?!」「まあそんなものだろう」

 同じコースで3日間。そして4日目の朝、突然かかとに激痛が走った。筋肉痛とは違う謎の痛み。学校に行くにも足を引きずるような歩き方。理由がなんとも情けないので、先生たちにバレないように過ごす。「まあ1日安静にすれば治るだろう。」ところが、この痛みが1週間続いた、、、、、

やっと痛みがなくなり、ジョギング再開、しかし根本的に足の筋肉がないから痛みがでてしまったのだと思い、まずは「歩く」すなわち「散歩」から始めることを決めた。毎日60分、学校に出勤するときに遠回りをしたり、近所でも普段あまり使わない道を歩いてみたり、あまりいいことではないかもしれないが、宮の森の高級住宅街を見てみたり(もちろん不法侵入などはしてないです。)

約1か月、60分を70分、80分、90分と時間を増やしながら「散歩」を続けた。夜「パパ散歩は?」と娘に言われるほどになった。

そうして、「あの信号まで走ってみようかな」「あの店まで走ってみようかな」と少し「走る」ことを途中に入れることにした。また足に痛みがくることは避けたいので、決して無理はしないという自分のルールは守りながら、「今日は5分走ってみよう。」「今日は10分走ってみよう。」と走る時間を増やしていった。あるブログで「有酸素運動の場合、開始してから20分後から脂肪が燃焼する」と書いてあり、20分以上を1つの目安として、「今日は倍の40分走れた!!」なんてことを考えながら走る(ときどき散歩)ことを続けた。

こういう生活を続けて約3か月、ついにやってきた「北海道の冬」、、、、

この生活の中で口癖ができた。口癖と言っても心の中の独り言だが、「せっかく~から」。正直走るのが面倒だなと思うとき「せっかくランニングシューズ買ったから」、疲れてきて歩きたくなったとき「せっかく浮き輪がへってきたから」、北海道の冬、外はマイナスの気温のときや大雪の降った次の日など「せっかく冬用シューズ買ったから」と自分に言い聞かせるように「せっかく~から」を心の中でつぶやきながら走った。そうして、冬が終わり新年度が始まった。ところで自分はどれくらいの距離を走れるようになったのだろう?と日によって距離は違うもののそのときの一番走れたコースをまた無料アプリ「キョリ測」で調べてみると「10km」。今も無理はしないルールで「せっかく1年続いたから」と心の中でつぶやきながら走っています。

 「ニーバーの祈り」と呼ばれるお祈りがあります。英語ではタイトルにも通り、The Serenity Prayerと呼ばれるものです。とても素敵な言葉ですので、紹介したいと思います。

O God, give us serenity to accept what cannot be changed,

courage to change what should be changed,

and wisdom to distinguish the one from the other.

神よ、

変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。

そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、

見分ける知恵を与えたまえ。

 

 私はこのお祈りが大好きです。私は生徒や同僚にとても恵まれ、毎日を楽しくワクワクしながら送っています。(北星女子の生徒は冗談ではなく、本当に素敵な生徒ばかりで、授業するのが楽しくて仕方ありません!) しかし、やはり人生ですから、つらいこともあります。そのたびに、このニーバーの祈りを思い出して、乗り越えてきました。人生ではいろいろなことが起こりますし、その長さも人それぞれ違います。また、自分が育った環境、あるいは今置かれている環境も言わずもがな、異なります。その中で「自分がおかれた場所」ではなく、「自分がすること」に目を向けることが大切です。

 

たとえば、病気をもって生まれた子供が「自分には何もできっこない」とあらゆることを諦めて引きこもりになるのか、それとも自分の病気を治し、自分と同じような苦しみを持った子供が少なくなるように医学の道を志すのかでは、おかれた状況は同じでも、まったく違う生き方になるでしょう。みなさんは、どちらを選びたいでしょうか? 決して現状を嘆き諦めるのではなく、前向きに生きていきたいですね!

 

 世の中にはいろいろな名言がありますが、素晴らしい言葉や格言などには自分の背中を押してくれる力があります。私たちは学校の内外で多様な言葉のシャワーを浴びていますが、自分が勇気と元気を持つことのできる言葉を持っておきたいものです。

 2021年11月より、NHK朝の連続テレビ小説「カムカムエブリバディ」が放送されている。NHKラジオ英語講座を題材として取り上げたドラマは、おそらく史上初のことである。NHK語学講座を自習の教材として勧め、自らも学習してきた者として、興味を持って数話視聴した。生活の中に語学があり、その音に数分でも触れることは日常に彩りと楽しみを与えてくれるのだろう。物語は今後、英語が敵国の言語であった時代を乗り越え展開し、英語講座が辛い気持ちに寄り添い励ます存在としてますます重要な者となっていくだろう。

 物語のタイトルにもなっているカムカム先生こと平川唯一先生を始め、多くの名物先生がNHK英語講座で活躍された。平川唯一の講座が放送されたのは、1946年から家族を題材にした身近な放送は、大人気であった。先頃出版された『平川唯一のファミリーイングリッシュ カムカムエブリバディ』(南雲堂)は当時のテキストを基にした復刻版の教材である。連続テレビ小説をご覧になって、ご興味を持った方は是非手に取ってみて下さい。現代風のテキストの題材とは異なり、家族と話すための英語が展開されている。海外旅行が夢物語であった時代、居間で英語の音に耳を傾け家族と共に声に出して勉強するそんな風景が目に浮かんでくる。私が浪人生時代(2001年)にラジオ講座で聞いていたのは、松坂ヒロシ先生、遠山顕先生、岩村圭南先生であった。美しい音楽のような英語の発音と、楽しい雰囲気に自然と引き込まれた。その後も、NHKのテレビ英語講座で、投野由紀夫先生の『100語でスタート!英会話』シリーズは、コーパス言語学を活用した初めての講座で楽しみに視聴した。

 現在の高校生にも、伊藤サム先生『高校生から始める「現代英語」』や遠山顕先生『遠山顕の英会話楽習』などを勧めている。美しい発音や踊り出したくなるような素敵な韻律を奏でる講師の先生方には、いつも尊敬の念を抱いている。皆さん方も、音楽を楽しむのと同じように英語の音に心と耳を傾けてみてはどうだろうか。

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